楽しい子供たちの帝国

こばたし

楽しい子供たちの帝国

 そこは、楽しい子供たちの帝国です。今日も楽しい子供たちで溢れ返っています。100人の子供と5人の大人がいます。5人の大人は子供たちをまとめています。20人ずつ子供たちを教室に分け、そのそれぞれに大人たちが付きます。大人たちは子供たちにお金のことや政治のことなど、色んな知識をそれぞれの教室でたくさん教えます。子供たちが大人になってもちゃんと働けるようにするためです。子供たちは大人になるとその国を出て働くようになり、結婚して子供を作り、またその子供たちは帝国に集められ、楽しい日々を送るのです。

 ある1人の子供がいました。名はヘンディーと言いました。ヘンディーは内気な性格で人見知りでした。彼はよく一人で池の周りを散歩して魚を見ているのでした。そんな彼には友達が3人いました。トーマス、レイ、アンナの3人です。トーマスとレイは男の子で、彼と同じく友達はあまり多くありませんでした。そんな彼らは内気な彼でも唯一気軽に自分の気持ちを話せる友人でした。アンナは女の子で、元気で明るくて友達が多く、誰にでも愛される存在でした。彼女を好いている男の子は少なくありませんでした。ヘンディーもまた、その一人でした。アンナはヘンディーが一人で池の中の魚を見ている時にたまに隣に来ました。そして他愛もない話をするのでした。彼女はよくこう言いました。

「楽しいことも辛いことも、何でも喋ってね。」

アンナはヘンディーと同じ教室で学んでいましたが、トーマスとレイは違いました。なのでなかなか会えないという日もあるのでした。

 ある日、ヘンディーにとても悲しい出来事が起きました。小さい頃からとても大事にしていた赤い魚の絵柄のキーホルダーを失くしてしまったのです。それはまだこの帝国に来る前、大好きなお母さんに買ってもらった、それはそれは大事なものでした。いつもバッグにつけていたのですが、朝ご飯の時間でそれが無いことに気付きました。その日は悲しさのあまり、勉強が全く手に付きませんでした。

 授業の時間が終わり、ヘンディーはとぼとぼと1人で池のほとりを歩いていました。その時、ふとアンナの言葉を思い出しました。ヘンディーはこの悲しい気持ちを誰かに話したいと思っていました。トーマスとレイはどうやらまだ授業が終わっていないようで、ヘンディーはアンナに話してみようと思いました。教室に戻るとまだアンナはいました。けれどアンナの周りにはたくさんの彼女の友達がいました。彼女たちはとても楽しそうに話していました。ヘンディーはその様子をクラスの外からぼんやりと、よくわからない感情になりながら見ていました。しばらくそうしていると、アンナが教室の外のヘンディーに気づき、「あ!ヘンディー!」と大きな声で彼の名前を呼び、元気よく手を振りました。けれどヘンディーはその場から一目散に逃げてしまいました。彼は泣きながら走りました。彼の目から落ちる涙は廊下から階段へ、そしてまた廊下へと不規則にその痕跡を残していきました。そしてまた池のほとりへと戻っていきました。

 いつものように魚を眺めていました。池は中々に深く、しかし透き通っており、深いところを泳ぐ魚は小さくも確かに、その姿を捉えることができるのでした。ヘンディーは、その深いところを泳ぐ魚をまじまじと見ていました。夕焼けの光が池の中に刺し込み、その小さく見える魚は赤色に見えました。その姿は、彼の失くしたキーホルダーの魚にそっくりでした。彼は水の中へ手を伸ばしました。池の深さとは比べ物にならないくらい短くて小さな手を目いっぱい伸ばしました。肘が浸かるくらいまで伸ばした時、彼はバランスを崩し池の中へ落っこちていってしまいました。彼は生憎泳ぐことができませんでした。そしてそのままゆっくり、ゆっくりと、深い池の中へ吸い込まれていきました。夕焼けの赤い光と共にゆっくりと、奥の方に行くのでした。

 次の日、帝国の大人と子供たちはヘンディーがいないことに気づき、珍しく騒々しい朝を迎えることになりました。すぐに5人の大人たちによって捜索活動が行われましたが、彼とは別の教室の大人が水面にぷかりと浮かぶその背中を見つけ、ヘンディーの亡骸はすぐに見つけ出されました。

 彼の友達だった3人はとても悲しみました。特にアンナは、前日の彼の様子を思い返し、きっとヘンディーは自分に何か用があり、教室の外に出て自分も後を追って話を聞いていればと後悔の念に酷く苛まれて、その日は授業に出ず1日中自室で泣いて過ごしました。アンナは、彼をとても大事に思っていたのです。

 次の日、アンナはまだ悲しみに包まれていました。2日後、アンナはまだ悲しみの中にいました。1週間後、やっと授業に出られるようになりました。2週間後、友達も必死に慰めてくれて徐々に元の生活に戻っていきました。1か月後、笑顔が段々と増えていきました。たくさんの友達に支えられました。そして1年後、一番悲しかった時に寄り添ってくれた男の子に恋をしました。そしてその1か月後、アンナはその男の子とお付き合いを始めました。

 3年が経った頃、トーマスとレイには新しい友達ができ、またそれぞれに大切な人もできました。アンナはその男の子とお付き合いを続けており、結婚の約束もしたのでした。ある休日、アンナは共に過ごしていた彼に言いました。

「楽しいことも辛いことも、何でも喋ってね。」 

 それから2年後、2人は帝国を出ると共に結婚し、幸せな家庭を築き上げるのでした。そしてまた2年後、2人の間に子供ができました。子供は2人に大事に育てられ、大きなけがや病気一つせずすくすくと育ち、やがて帝国に行きました。たくさんの愛情を受けて育った子供は、これから帝国で楽しい日々を送るのです。


 そこは、楽しい子供たちの帝国です。今日も楽しい子供たちで溢れ返っています。

 

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