第3話 スイーツのない世界

 ぼくの療養生活は長く続いた。


 一度生き返ったからそれで病気もきれいさっぱりなくなる、というわけにはいかないようだ。ぼくは病気と闘いながら、少しずつ体力を取り戻していった。しょっちゅう苦い薬を飲まなくてはならなくて、うんざりだった。


 鏡で見せてもらったが、ぼくは金髪で天パがふわふわとした青い目をしたかわいらしい子供だった。頬がこけているのがいかにも同情を誘うが、元気になってほっぺがふっくらとすれば天使のように見えるに違いない。


 それにしても金髪碧眼でリュカだなんて、聞き覚えがあるなとベッドで寝ながら考えていた。

 前世でプレイしていたゲーム、それもシミュレーションRPGに出てくるキャラクターにそんなのがいた。

 もっともそのキャラは、ぼくとは似ても似つかない悪役のおっさんなんだけど。

 中世ヨーロッパ風の世界が舞台のゲームだ。実の兄を殺して玉座について勝手に皇帝を名乗り始め、民を虐げる悪い奴なのだ。

 王の庶子である主人公が仲間を集めながら、悪の皇帝打倒を目指して旅をする。そんなゲームのラスボスが悪の皇帝リュカだ。

 シビアな世界観がウリのゲームだから、ラスボスもすごい悪いやつなのだ。


 まあ、たまたまゲームの悪役と名前が一緒だからって気にする必要なんてないよね。文明レベルが中世ヨーロッパぐらいに見える点も同じだけれど、きっと偶然だよね。

 というか悩んでいるうちに体力がなくなって眠ってしまうので、悩むだけの体力もない。

 悪の皇帝について考えるのを、ぼくはあっさりやめた。


 そうして、数日が過ぎた。


 最初は水を飲むのも辛かったのが、今日はなんとベッドの上で上体を起こすことができるようになった。

 ずっとおかゆのような療養食ばかり食べさせられてきたが、こんなに元気になったのだ。

 ついに食べられるかもしれない――スイーツを!


 前世の記憶のおかげで、ぼくの中にはあらゆるスイーツの情報がある。

 ふわふわのシフォンケーキに、中にクリームのたっぷり詰まったロールケーキ、ぷるんぷるんでキャラメルのたっぷりかかったプリン、カラフルでかわいいカップケーキ、色とりどりのフルーツがのっかったタルト、シュークリーム、食感がザクザク楽しいチョコチップクッキーに、マドレーヌやフィナンシェなんて焼き菓子もいいな、それからクレープにパンケーキに、暑い日は美味しくてたまらないアイスクリームも忘れてはいけない。


 なんと言ってもなくてはならないのが、白いフリルみたいな生クリームとイチゴの赤のコントラストが美しいショートケーキだ!


 せっかくスイーツが似合うふわふわの幼児に転生したのだから、生クリームで胃袋をいっぱいにしなければ、死んでも死にきれない。

 なんで転生したのかとか、転生が現実にありうるのかなんて些細な疑問はどうでもいい。

 この世でもっとも大事なのは、スイーツを食べることだ。


「ねえ……」


 ぼくはか細い声で、近くの侍女に声をかけた。

 意図せずして、掠れた声が出た。長らくおしゃべりなんてしていなかったからだ。


「なんでございましょう、殿下? 喉が渇きましたか? お水をお持ちしましょうか?」

 

 中年の侍女は素早く横に来て、甲斐甲斐しくたずねてくれた。

 心配そうな顔をしている。なんとなく記憶にはあるから、長い間お世話をしてくれている人なんだろう。

 乳母とかではなかったはずだ。

 というかぼくの身体が弱すぎて年中寝込んでいるので、決まった乳母がいるというよりも、みんなで総出で世話をしてくれていたようだ。


「ちがうの、ぼくスイーツたべたいの」


 子供らしい上目遣いでお願いした。

 子供が可愛らしく上目遣いでおねだりをすれば、断れるものはいないと前世の記憶から学んだ。


「すいーつ、でございますか?」


 侍女が不思議そうな顔で繰り返す。

 あ、これは言葉が通じなかった顔だ。どうやらスイーツという言葉はないようだ。


「えっとね、あまいもの。あまいものをたべたいの」


 スイーツという言葉がなかろうがなんだろうが、食べられればよいのだ。ぼくは懸命にお願いした。


「ああ、甘いものでございますね! そこまで食欲が回復されたなんて、王妃殿下に報告しなければなりませんね。今すぐお持ちしますから、待っていてくださいませ」


 侍女はぱっと顔を明るくさせて、部屋から出て行った。

 甘いものを食べたいと言っただけで、随分と喜んでもらえた。これからも、どんどん甘いものを食べなければ。


 少しして、侍女はそれ・・がのった皿を手に戻ってきた。


「殿下、キータの実でございます」

「ほへ?」


 侍女が持ってきたスイーツは、干し柿のようなものだった。


 ただの干した果物。

 これが王子に与えられるスイーツの姿か……?


 それでも目の前にある待望の甘味に、反射的に手が伸びた。

 両手でしわしわの果物を掴み、ゆっくりと噛み千切った。

 じんわりと口の中に甘さが広がる。柿のような見た目と違って、味はむしろリンゴに近かった。

 

 まずくはない。美味しいと思う。たまに食べるんだったら、これはこれでいいと思う。

 でもそうじゃなくて、ケーキは⁉ プリンは⁉ クッキーは⁉ せめて生のフルーツを持って来ようよ!


 そこでハッと気づいた。

 城の中で、ケーキやプリンといったスイーツを見かけた覚えがないことを。前世の記憶にあるだけで、リュカとしてのぼくはそれらのスイーツを食べたことがない。


 まさかこの世界には、スイーツが存在しないのか?


 いやいやまさか、そんなわけはないだろう。

 ぼくが病気をしているから、遠慮してケーキを持ってこなかっただけに決まっている。

 気を落ち着かせて、侍女に聞いてみる。


「ケーキはないの?」

「けーき……? なんのことでございましょう、殿下?」


 侍女は本気で何のことかわからないと言った風に、目をぱちくりとさせている。

 ここにケーキはないのだ。


 この世界には、スイーツという概念は存在しない。

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