第四章 天使で妹な彼女
音信不通だったレモン令が携えてきた衝撃の情報『レモンちゃんが死んだ令を生き返らせた』というビッグニュースを聞き届けた、私、マナさん、マナ令。
そんなわけで急遽レモンちゃんのいる東京へと全員で『ワープ』しました。
イタリアから日本へ。
直線距離で約九千キロの距離を一瞬で移動する。その非現実的な現象は、何度体験しても実感の湧かないものです。
視界が白から黒へと変わる。
ワープ先である令の家の近所の神社は、月明かりさえ届かない夜の真っ暗な闇に彩られた別世界でした。
一瞬、黄泉の世界を連想する。
この神社、こんなに恐ろしい場所でしたっけ?
冷や汗が背中を伝う。
小さい頃令と二人で遊んだ時は、ただ静かで木々が生い茂っているイメージしかなかったのに。……いえ、きっと恐怖を感じてしまった原因は、レモン令が伝えてきたあの伝言のせいでしょう。
──令を生き返らせた。
そんな有り得ないことを言ったから。
死人を生き返らせるなんて不可能です。
というか物理的に無理無理のカタツムリ。
……………………でも私は、この世界に魔法があることを知っている。
インチキを可能にする反則。
現に一人の人間を四人に分割して増やしたトンチキ事例を私は知っている。
だから、だから期待してしまう。
本当に、本当に私の
寧ろ何故最初からその方法を模索しなかったのかと今の私なら思います。
そうです。魔法があるんだから、死人ぐらい生き返ってもいいでしょう。
それぐらいの
固定観念に囚われ過ぎていました。
でも流石はレモンちゃんです。
ただのオタクに優しいインテリギャル幼馴染程度の私には思いもつかない方法をいとも簡単に思い付き、それを実行するなんて。
思えば令の妹のレモンちゃんは昔から『特別』で凄い子でした。
令の妹には勿体ないくらいの才女で、でもそれを鼻にかけない良い子で、日本人離れした可愛さで、みんなに愛されたまさしく天使と呼べる『特別』な存在。
……いやでもまさか本当に異世界の天使だったとは思いませんでしたけどね。
鬼島檸檬。令の妹のレモンちゃんとは昔から友達でした。
家を留守にしがちな令のご両親に代わり、私が令の家の家事をこなしていたのだから当然交流もあり、必然仲良くもなります。
初めて会った頃の記憶もあやふやなほど、私とレモンちゃんとの関係は長い。流石にレモンちゃんのおしめを替えたことはないですけど、幼稚園の送り迎えぐらいならやった記憶はある程度には。
正直に言えば、レモンちゃんは私にとっても妹のような存在でした。
レモンちゃんは本当に可愛くて、その場にいるだけで回りの空気を明るくし、沢山の人を笑顔にする。
もう存在がパワースポット。
レモンちゃんがいるだけで、そこは観光地に早変わりするレベルで活気に溢れる。もう全人類が無条件でレモンちゃんを愛してしまう、そんな女の子。
もし地球大統領なんて存在を決めるなら、文句なしでレモンちゃんが選ばれるでしょう。
あの頃の私は、ホント何故レモンちゃんがあのぼんくらな令の妹なのかいつも頭を捻っていました。
どう考えても令と同じ血が流れているとは思えません。
神様がレモンちゃんを誕生させる為に、令に与えるはずだった存在価値とか才能とか生きる意味とかを全部レモンちゃんに注いだのでは?などと真剣に考えていたほどです。
しかし私のそんな馬鹿な妄想を、現実は斜め上の方向に満塁ホームランをたたき出すんだから、この世界はバグっています。早めのメンテナンスをお願いしたい。
──あれは令が吸血鬼へと生まれ変わり、それから何だかんだあって正式に美少女ロボットメイドのご主人様に君臨し、マナさんを侍らせてウハウハ言わせていた頃のよく晴れたある日のことでした。
突然令の家の上空に巨大な光の環が出現し、そこから天使の大軍が押し寄せてきたのです。
私はそれを自宅の窓から眺め、はしたなくもあんぐり口を開けて眺めていました。
いくら超常現象に慣れはじめた私でも、その光景は私の精神をぶっ壊すには充分な光景でした。
だって私の家は令の家の真横にあるんですよ?
つまり私の家の上空にも天使いました。それもいっぱい。
だからいきなり自宅の上空にそんな世界の終わりみたいな光景が見えたら、誰だってパニくるに決まっているのです。
とはいえパニくりながらも、ことの一部始終は観察できました。
それは天使達がレモンちゃんを攫う光景。
令はそれに血塗れになりながらも反抗して、でも多勢に無勢で勝ち目なんかなくて。
レモンちゃんはあっさり上空に出現した光の環へ天使達と共に消えていってしまいました。
私は混乱しつつも急いで自宅から飛び出して、庭で倒れている令のもとへと駆けました。
そしてその日判明した驚愕の事実を私も知ることになったのです。
実は令とレモンちゃんは血の繋がらない兄妹だったこと。そしてレモンちゃんの実の両親は、異世界の大天使と勇者だったということを。
そしてとどめとばかりに、あの大量の天使達は異世界に発生した問題を解決すべく、大天使と勇者の血を引くハイブリットなレモンちゃんを生贄にする為に攫っていったのだという、そんなアステカ文明リスペクトな話を令の口から直接聞かされたのです。
まさに驚天動地。コペルニクスもコレには目玉が飛び出すでしょう。
異世界の実在にもビックリだし、レモンちゃんが生贄にされるのも意味不明だし、そしてレモンちゃんと令が実は血の繋がらない兄妹だったなんて……私の脳はまたもパンクしました。
とはいえ、少し落ち着く時間さえあれば、これまでの経験を踏んできた私でしたので受け入れられるのです。
幼馴染が突然吸血鬼になって吸血鬼のお姫様と婚約し、美少女ロボットメイドのご主人様になったのを目の当たりにした私です。
並みの人生経験値ではありませんよ。
だから今回もいつも通り、この後は令が異世界に殴り込んで、レモンちゃんを助け出してハッピーエンド。わー、パチパチ。
そんな風に頭の端っこで、どこか乾いた笑いを上げていました。
……けれど私の予想とは裏腹に令は庭でうなだれるばかりで、立ち上がる素振りがありません。
天使達に容赦なく付けられた傷も、吸血鬼の再生能力でほぼ完治しているのに、です。
一体どうしたのかと問いかけてみれば、なんでもレモンちゃんが実の兄妹じゃなかったことにショックを受けていやがったのですよあの男は。
いやまぁ……確かに衝撃的ではありますけども、私からすれば今更そんなことに驚くのかと内心思いましたよ。
だって、ねぇ?
今まで令が繰り広げてきた物語を思えば、充分許容範囲です。
なのに令は驚き戸惑い、これからどうすればいいのかとグチグチ悩んでいやがる始末。
まったく変な所で小心者なんですから。
私は頭にキて、項垂れる令のお尻を蹴り上げてやりました。
「何をくだらないことで悩んでいるんですかこのバカ令。レモンちゃんと血が繋がっていないからなんです? アナタはそんなことぐらいで、レモンちゃんは家族じゃないとでも言うのですか?」
私のそんな暴言にいくらかは目に光を取り戻した令ですが、まだグダグダと管を巻きやがります。
「でも……異世界の滅亡が掛かっているんだ。レモンを救えば、数え切れないほどのヒト達が死ぬ……。それを俺一人の我儘で」
はぁ……ホントくだらない。だからなんで今更そんなことで悩むんですかこの大馬鹿者は。
「だったら、レモンちゃんも異世界も、両方アナタの手で救えばいいでしょうが。方法? そんなの知りません。そういうのは
「でも……それでも、どんなに頑張っても無理だったら?」
けれどまだ立ち上がれない主人公。
……その時彼の口から零れた弱音は、とても人間らしくて。
ただ失敗するのが怖い。
少し前までただの『普通』の高校生にすぎなかった男の子が、そこにいました。
その情けない姿は、お世辞にも物語の主人公には見えなくて。
だから。
「その時は……私も一緒に罪を背負ってあげます。アナタのごたごたの『後始末』を請け負うのが……私の役目ですから」
だから人間の私らしい、無責任な発言をかましてやったのです。
人間はいつだって向こう見ずの安請け合いの賭け狂い。バカで無力な蛮勇信者。
でもだからこそ、誰かを勇気づける言葉には事欠かない。
……そしていつか交わした『取り決め』は、いつだって私の中で生きていましたから。
もっとも令のバカはあんな朝のなんでもないやり取りなんて、覚えていなかったでしょうけどもね。
「……ありがとう、恵梨香」
でも令はそれでやっといつものお節介大好きな偽善者に返り咲き、みんなが笑い合える未来へと走り出したのです。
勿論私を置いて。
振り返ることなく。
……私はそんな彼の後ろ姿を、いつものようにただ眺めるだけ。
いつだって私にできるのはこれぐらい。
令の本当の力になってあげることは、どんなに頑張っても『普通』の私にはできないのです。
────けれど不思議とあの時だけは、いつもみたいな寂しさはなく、言いようのない誇らしさだけが胸を満たしていました。
それからの事の顛末はご存知の通り、令はレモンちゃんと異世界全部を救ってきました。
まさしくハッピーエンド。主人公が覚醒すればこんなもんです。
けれどハッピーエンドには大なり小なり代償は付き物。
今回に関して言えば、それは異世界の神様から授かった予言でしょうか。
令とレモンちゃんとの間にできた子共が、異世界の新たな救世主になるであろう。
そんな倫理感も当事者も置き去りにした、実質の強制子作り宣告。
というわけで、令の恋愛事情はもつれにもつれることと相成りました。
ただでさえ吸血鬼のお姫様であらせられるライラさんとの婚約に、毎日キッスを要求してくる美少女ロボットメイドの爛れた生活を送っていたバカ令。そこに妹との強制子作り宣告は……もう笑っちゃうぐらい破綻しています。
誰かの血を見ることは明らか。それも下手したらダース単位で。
けれどそこに異世界の神様が救いの手を授けて下さります。
なんとなんと、令の願いをなんでも叶えてくれるという出血大サービス。
まさしく結果オーライ。
「──みんなを幸せにしたい」
そんな願いを叶えてもらい、鬼島令という人物を分割して四人に増やすことに。
彼女一人につき一人の鬼島令。
ハーレムを超えた究極のエゴイズム。
そうして全ては丸く収まり、物語は無事エンドロールを迎えたのです。
わーい、パチパチパチ。
……と、思っていたんですけどね。
とはいえこれにて全回想終了。
実績百パー達成おめでとうございます。
これで真エンドへの条件クリア。
それでは誰もまだ見ぬ物語の終わりの続きを共に目指していきましょうか。
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