第三章 美少女ロボットメイドは電気羊の夢を見るか その④

 マナ令が『ワープ』で第四アジトに飛んできてからの顛末は、それはもう消化試合さながらのワンサイドゲームでした。

 寧ろ攻めてきた敵に同情するレベルです。

 並みの銃撃じゃかすり傷さえ負わない化け物二人に追い込まれる恐怖。

 体験してみたくはないですね。


 そんな訳で敵さんはマナ令とマナさんにボコボコにされましたとさ。ちゃんちゃん。


「で、結局アナタ達のアジトを襲った者の正体は何だったんですか?」


 銃撃のせいで穴だらけになり、デザインまで悪くなった趣味の悪い第四アジトの地下室の壁にもたれながら、私はマナ令に問いかけます。


「ん? ああ、それはだな。俺達『令ファミリー』のことを危険視したイタリアの全マフィア共が秘密裏に連合を組んだらしい。で、そいつらがタイミングの悪いことに今日一斉に襲撃をかけてきたみたいだ。……ま、それも全部返り討ちにできたけどな」

「それはなんともまぁ」


 確かにタイミングが悪すぎる。

 私の今日の運勢は間違いなく大凶です。いえ、占いとか信じないんですけどね私。朝のニュースは天気予報だけチェックする派です。


 それにしても、


「つまり……アナタの身勝手な報復は正しかったと?」

「結果的に言うとそうなるな」


 あのいちゃもん並みの因縁で、心当たりのあるイタリアンマフィアを潰しに行ったのがまさかまさかのファインプレーだったとは。

 この私の目とリハクの目をもってしても見抜けませんでした。

 それにしても、たははと笑いながら頭を掻くこの目の前のアホ面が、曲がりなりにも実質イタリアンマフィアの新たなドンになってしまったことについては、何か突っ込んだ方が良いのでしょうか。


「どうかされましたか恵梨香様?」

「いえ。まぁ……なるようになった、ということにしておきましょう」


 ここに彼らの復讐は完遂され、天下は統一されました。

 めでたしめでたし、です。

 ……だから積みあがった犠牲と将来の不安には目を瞑りましょう。

 平和とは所詮、乱世と乱世の間の束の間に訪れるインターバルでしかないのですから。


 さて、後顧の憂いをイイ感じに明後日の方向にジャストミートした私は、そろそろ朝から何も食べていない可哀想な私のお腹さんに意識を向けることにしました。

 日本とイタリアの時差は約八時間。例えイタリアで日が明かるかろうと、日本では真っ暗。


 ……つまり、私の空腹ゲージは限界ということなのです。


 誰かさんの死とか、自分自身の命の危機で忘れていましたが、流石にそろそろお腹に何か詰めておかないと身体が持ちません。切実に。


「というわけなので、傷心中の身にも美味しく頂けるイイ感じのイタリアンな食事を私はご所望ですよ、暫定イタリアンマフィアのドンさん」

「なにが『というわけ』だよ。言っておくがお前のモノローグは他人には聞こえないからな」

「なるほど。日本とイタリアにおける時差にはワタクシも気が回りませんでした。申し訳ございません恵梨香様。すぐにお食事をご用意致します」

「なんでマナは他人のモノローグが聞こえるのかなぁ!?」

「それが出来るメイドというものでございます、令様」

「やだ俺のメイド優秀すぎ……」

「ハイハイ。そういうイチャイチャはベッドの上まで取っておいてください」

 またも二人だけの世界に突入しそうな主従に突っ込みを入れます。

「ちょ……おま、そういう事言うなよ」


 赤ら顔でソワソワするマナ令。


「なんですか。童貞でもあるまいに。これぐらいの下ネタ笑って流してくださいよ。それとも、?」

「ど、どどど童貞ちゃうわ!」

「え? ホントに? ……なんかすみません」

「そこでガチに謝るなよぉ! 傷つくだろうが! ……というか、え、なに? おま、もしかして……」

「そんなことよりイタリアンマフィアの童帝様。いい加減『ワープ』でもなんでもして、食べ物買ってきてくださいよ」

「勝手に悪意のあるあだ名を付けるな! そ、それに俺はど、どどどどうていじゃ」

「令様。それ以上は見苦しい……コホン、失礼いたしました。滑稽に御座います」

「なんで今言い直した? 言い直せてないぞ? 悪意が改善されていないぞ?」

「まぁこれも早くワタクシを抱いてくださらない令様が悪いので」

「いや、だからそれは……」

「へたれ童貞」

「聞こえてるぞ恵梨香ぁ!?」

「マナさんもへたれのご主人様を持って大変ですね。その気持ち、私も痛いほどわかります」


 まさに経験者は語る、です。

 そして私のそんな言葉に、マナさんはまるで雷に撃たれたかのように身を震わせます。


「さ、流石は恵梨香様、ワタクシの辛さをお分かりになってくださるんですね。……ありがとうございます。その言葉だけでワタクシ、報われる気持ちで御座います、うう」

「おいマナ?こんな所で今まで見たことないほど感激するのやめてくれない? すっげぇ俺気まずいんだけど」


 童貞が真面目にメンタルにダメージを負っています。

 とてもとてもいい気味です。

 よし、ここでとどめの一撃を加えておきましょう。


「もしもし、イタリアンマフィアの童帝様」

「なんだよ?」


 コホンと一つ咳払いを挟み、私はとある真実を、心を込めて彼に贈ってあげます。


「恐らく他の令達は……もう童貞じゃありませんよ?」

「なっ……!?」


 レモン令は恐らく例のハワイ旅行を鑑みるに既に卒業済み。

 ライラ令もとっくにあのお城でずっこんばっこんの毎日でしょう。

 つまり童貞なのはこのマナ令だけ。南無。


「ぐは……」


 口から血を吐く童貞。

 同一存在達に脱童貞を先越されるという世にも奇妙な悲劇が、ここに誕生してしまいました。


「………………………………………………………………買い出し、行ってきます」


 そうしてとうとうぼそりとそんな言葉を残し、暫定イタリアンマフィアのドンは日本の女子高生にパシらされるのでした。


 その背中は、道端に捨てられた空き缶みたいに頼りないことこの上ありませんでしたとさ。






 それから三十分ぐらい待ったでしょうか。マナ令はピッザをワープデリバリーして帰ってきました。『ワープ』特有の淡い燐光が空間を満たす。


「本当に『ワープ』は便利ですね。出来立てのピッザをすぐに届けられるですから」


 おお、デリバリーピッザの革命と商機の予感。

 これからの配達はバイクではなくワープの時代。乗るしかない、このビッグウェーブに。


「悪い顔してるところに水を差すようだけどさ、瞬間移動魔法『ワープ』もそこまで便利じゃないぞ」

「ダレが悪い顔ですか」


 こんな善人を捕まえて何を言うのやら。


「でも実際『ワープ』は便利すぎるじゃないですか。海外だろうがどこだろうが『ワープ』ならひとっ飛びでしょ?」


 そのせいで恵梨香令殺害時のアリバイが皆あって無いようなものに成り下がっていますし。


「恵梨香様、それは少し違います」

「違う?」


 一体どういう意味でしょうか。


「確かに恵梨香の言う通り、瞬間移動魔法『ワープ』なら海外どころか地球の裏側だってひとっ飛びだ。でもそれには事前にワープする座標の地脈に魔法を刻んでおかないといけない」

「地脈に魔法を刻む。……という事は、一度は現地に直接行かないと『ワープ』はできないということですか?」


 なるほど。

 だからマナ令はピッザを買いに行く時、『ワープ』ではなく自分の足で向かったわけですか。


「半分正解。そもそもこの『ワープ』という魔法は、この地球全土に流れる力、地脈の流れに乗って移動する魔法だ。だからしっかりした地脈が流れている場所じゃないと『ワープ』の魔法をそもそも刻むことができない。つまり好きな場所にワープ位置を設定することができないから微妙に使いづらいんだ。……アジトを決める時も、まずしっかりした地脈が流れているかどうかから探したしな」


 アジトの物件選びにそんな裏事情が。


「つまり……ドラ●エの●ーラみたいな感じですか」

「ま、例外は(、、、)あるけど概ねそんなところだな」


 出発点はどこでもよくても、特定の場所、しかも一度行ったことのある場所だけにしか瞬間移動できない魔法。

 本当にルー●そのものですね。


「……じゃあ東京の国分寺市にある令の家には、直接『ワープ』できないんですか?」

「そうだな。近くの神社……ほら、昔よく遊んだ神社。覚えてるか? あそこが家に一番近いワープ地点だな」


 そこは私も覚えています。東京の街中では珍しい名水百選にも選ばれた湧水が流れる『お鷹の道』、その近くにある八幡神社で昔はよく遊んだものです。確かあそこは令の家から歩いて十分ほど離れた場所にあったはず。


「話しをまとめると、『ワープ』するのはどこからでも大丈夫ですが、目的地は限られた場所、しかも行ったことのある場所しか設定できない、ということですか」


 ふむ……確かに思ったよりは不便ですね。まぁでもそれを差し引いても充分凄いことですが。

 魔法という万能に浸りきっている超人達からすれば、物足りなく感じるみたいですけど。

 人間って便利になればなるほど、怠惰になるものなんですね。

 思わず人間の貪欲さと駄目さ加減には溜息が出てしまいます。

 とはいえ私も、もう『ワープ』を知らない頃には戻れません。これから『ワープ』を使わずに飛行機を乗り継いで日本に帰るなんてそんなしちめんどうなことやってられませんよ。

 私の足……じゃなくてレモン令は未だ連絡付かずですが、ここには『ワープ』を使いこなすマナ令がいますから、日本にはいつでも帰れます。


 やっぱ『ワープ』って最高ですね、イェイ。


「どうかされましたか恵梨香様」

「いえ、なんでもありません。少し考えを纏めていました。それよりピッザを食べましょう。すぐ食べましょう。せっかく焼きたてなんですから」


 そうして私はマナ令が買ってきた、本場イタリアンのピッザが入った箱を開けました。


「これが……地中海の玉手箱」


 そこにはチーズの海を泳ぐ海鮮達が、これでもかと生地の上に乗っかっていました。

 ああ、幸せハッピーな匂いがします。じゅるり。


「急に食レポみたいなコメントするじゃん」


 マナ令が飢えた犬でも見るような目を向けてきます。


「アナタ毎日こんな美味しそうなもの食べてるんですか?」


 羨まけしからん。


「いや、いつもはマナが準備してくれるからそれを食べてる。ピッザは厭きた」

「死ね」

「急に殺意百パーセントぶつけてくるねぇお前!?」


 本場のイタリアンなピッザを食い散らかし、あまつさえ厭きたとのたまうその神経。羨ま死ね。

 改めてこの童貞の境遇にモヤモヤする私です。


「…………まぁいいでしょう。今日の所はこの美味しそうなイタリアンなピッザに免じて許してあげます」

「なんで毎度毎度お前はそんな上から目線なんだよ……」


 童貞の戯言には耳を傾けず、私は日本人らしく手を合わせます。椅子も机もない悪趣味で殺風景な場所のせいで地べたに座って食べないといけませんが、今はそんなのも気になりません。


 美味しいは正義。


「それではいただきます」


 私は一番具材が乗ったピッザの一切れに手を伸ばそうとし────


「こんな所にいたのか恵梨香!」


 淡い『ワープ』の光を纏いながら、ピッザの上に着地したレモン令(下手人)を見上げるのでした。


「……ん? なんか踏んだか?」


 あれほど輝いていた地中海の玉手箱は……ただのゴミ箱と化していて。


「……こ、この……」

「いやそんなことより探したぞ恵梨香! 実は大変な事が起きて……」

「食べ物を粗末にするなこのアホがぁ!!!!」

「ぶへぇ!?」


 私は地中海の玉手箱を台無しにしたアホに、渾身の張り手を食らわせてやりました。

 ふむ、『ワープ』の出先に何があるかわからない仕様上、『ワープ』にはこういう事故も起こり得るわけですか。


 やっぱり『ワープ』、使いづらいですね。








「それで……そんなに慌ててどうしたんですか?」


 無惨に散った本場イタリアンなピッザのお掃除をマナさんとしながら、真っ赤に腫れた頬を抑えるレモン令に話しを振ります。


「あいたたた……ん? ああ、そうだ! 実はさっきレモンから連絡があって」


 日本でお留守番中のレモンちゃんから?


!」

「ほわぁっつ!?」


 思わず鳩が豆鉄砲式スナイパーライフルでも喰らったかのような声をあげちゃいました。


 ……え、そういうのアリなんですか?

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