ラーメン屋バイトの新入りが、ラーメンなんて興味なさそうな学校一純粋な箱入りお嬢様だった。
綿紙チル
第1話 お嬢様、初めてのバイト
「いらっしゃいませ! おじい様」
「「いらっしゃいませ!」」
入店を知らせるベルと共に、元気が良くて、それでもってよく透る声が店内に響き渡る。彼女の声は、この暑苦しいラーメン屋にはいないような気品のあるもので、清涼感を感じさせていた。
それにしてもおじい様って何なんだ?
ここは、
俺はその
俺は調理補助としてラーメンにトッピングを乗せていた。しかし、それに集中しきれない。
今、ホールで接客をしているあの娘のことが気になっていた。
勿論……不安な方で。
接客をしている彼女……竹宮雛乃さんは今日が初めての出勤だ。バイトも今までやったことがないらしい。まあ、普通の高校一年生なら、それは当たり前だが。そんな彼女が一人で(俺も手伝いはするが)ホールを回している。
不安にならないはずがない。
だが、俺が不安に思っているのは、彼女がバイト初体験だからどうとかではなく……。
「上着と荷物をお持ちしますわね!」
また不安にさせてくれる声が聞こえる。
一体全体、彼女は何をやっているんだ?
俺はトッピングを乗せ終わった醤油ラーメンをお客様へ提供するために厨房を出て、カウンターへ。
「醤油ラーメンです」
お客様の座っているカウンターにラーメンを置く、そして、気になっていた竹宮さんの様子を確認する。
どうやら、お客様を席へと案内しているようだが……やっぱりおかしい!
その手にはお客様が着ていたアウターを持っており、案内した後は、それを壁にかけてあったハンガーへと掛けている。
「ありがとう、お姉ちゃん。ここまで丁寧に接客してくれるラーメン屋の店員、人生で見たことないよ」
「ありがとうございます! 私、人生で初めてのアルバイトでして、そんなに褒められては嬉しくてたまりませんわ!」
そして、とんでもなく綺麗なお辞儀をした。どう見てもぴったり45度の最敬礼であり、その美しさ、完成度の高さには誰も文句を言えないだろう。
見惚れてしまっていた。そのお客様だけでなく、俺も。
だが! ここはラーメン屋である。
そこまでの高級店のようなお辞儀は誰も求めていない!
次のお客様を案内しようと褒められてルンルンの竹宮さんを一旦止める。
「竹宮さん、ちょっと良い?」
「和樹くん! どうかされましたか?」
竹宮さんがこっちを向く。
さらさらでつやつやの日本人の女性らしい輝くばかりの黒い髪。平均よりは身長はちょっと高めで、程よい胸のふくらみ、締まっているところは締まっている、ある種理想的なプロモーション。顔のパーツも整っていて、ほとんど化粧などしていないように見えるのに、俺が通っている学校では誰もが認めるその可愛さ。
そんな彼女がウチのラーメン屋のTシャツを着て、腰エプロンを巻いて、俺の目の前に立っている。
それ自体は非常に心躍る出来事なのだが……。
「あの~、一回、俺の前で接客をしてもらっても良い?」
「うん! いいよ!」
太陽のようにずっと見ていたら、目が焼けてしまうほどの強いきらめきを持った笑顔は凄まじい破壊力がある。学校で、遠巻きに見ていた純真さは、いつだって竹宮雛乃を象徴するもの。
因みに彼女と俺はクラスメイトである。同じ高校に通う高校一年生。俺は、学校で一番の有名人である彼女のことは、ある程度知っている。だからこそ、不安で仕方がない。
バイトの中では俺の方が圧倒的に先輩なのだが、そういう関係性なので、特に敬語等は使わなくて良いと言っている。
次のお客様がやって来た。
どうやら、二十代のスーツ姿の男性だ。たまに見る人だった。
竹宮さんはトコトコと近づいて行って。
「いらっしゃいませ! お兄様」
彼女の天真爛漫で、元気いっぱいの可愛らしい挨拶は最高なのだが、その後の「お兄様」という謎のワードが、俺を混乱させる。勿論、お客様も困惑して変な笑みを浮かべていた。
そして、食券を買い終わったお客様に対して。
「食券と荷物、お持ちいたしますわ」
お客様は渋々と言った様子で、持っていたビジネスバッグを手渡した。竹宮さんはそのバッグが重かったのか、片手では持てなかったようで両手で抱えている。
「お席までご案内いたしますわ」
よいしょよいしょとお客様のバッグを運んで、席へと辿り着く。そして、それを足元の荷物入れに入れて、椅子を引いてあげていた。
お客様がそこに座ると、さっと、ピッチャーからコップに水を汲んで差し出した。
「お冷になりますわ。ごゆっくりしていってくださいませ」
「……なんか色々とありがとうございます」
「そんな、わたくしは当然のことをしたまでですのに……ありがとうございます!」
なんか、最初の方はお客様もドン引きした表情を見せていたけど、最後には双方笑っていた。良かった、良かった(?)。
だったら、一件落着……とはならないだろう!
どう考えても、接客が丁寧過ぎる。いや、丁寧な接客が悪いわけじゃないんだけど、このレベルはラーメン屋には求められてないだろう。それに、今はまだピークタイムではないからいいけど、もっと人が増えてきたら回らなくなってしまう。
「竹宮さん」
「はい! どうだった、私の接客? 良かったでしょ!」
褒められる気満々の、犬で例えるなら尻尾をぶんぶん振って、ご主人様に撫でられるのを待っているような、期待に満ち溢れたこの子を指導しなくちゃいけないのが辛い。
「あの~まず聞きたいんだけど、最初の『お兄様』って何だったの?」
「あれはね、お客さんのことだよ」
「それは分かるんだけど……どうして、それを言ったのか、というか」
「ああ。よくレストランに行くと、『お待ちしておりました。○○様』みたいに出迎えてくれるよね。それを再現してみたんだ!」
俺はその経験ないよ。あるとしたら、ファミレスの順番待ちで名前呼ばれる時ぐらいだよ。多分、彼女の話的に俺とは生涯関係なさそうな高級店なんだろうなあと意味のない推測をつける。
「なるほどね……竹宮さんなりに良い接客をしてくれようとしてくれてるのは良いんだけど、言うのは『いらっしゃいませ』だけで大丈夫だから」
「え、でもー」
「とりあえず、今日は俺の言うことを聞いていただけませんか?」
「和樹くんがそう言うなら……分かったよ」
何か言いたそうにしていたが、それをぐっと飲み込んでくれた。
「あとは、荷物も持たなくて良いし、席に案内しなくても良いし、椅子も引いたりしてあげなくて良いから」
「え、全部よく行くレストランでは絶対やってくれるよ! 本当にやらなくていいの?」
「うん、大丈夫」
「そうなんだ、ごめんね。私、ラーメン屋に来たことないから……余計なことばっかりしちゃって……」
ガーンと落ち込んで目尻に涙を貯めて悲しそうにする竹宮さん。
別に、注意しただけで悲しそうにさせる気はなかったのに。
後、常連さんたちからの俺を見る目が痛い!
「そ、そんなに落ち込まないでよ! 皆さんも、この子に接客されて、悪い気分にはならなかったですよね?」
俺は、店にいたお客さんたちに話を振る。
「俺は凄くいい気分になったぞ!」
「感動した!」
「こんな可愛い子に尽くされて、嬉しくないはずがない!」
などなど、お店にいる客から励ましの声が届く。その一方で俺を睨む目もある。
「あ、ありがとうございます。皆さま……わたくし、頑張りますわ!」
声をかけてくれたお客様たちに、精一杯のお辞儀をする竹宮さん。
そんな姿に拍手が沸いていた。
な、なんだこれ……。
「ところで竹宮さん。どうして、接客中はところどころにお嬢様言葉が混じるの?」
「そ、それは小中がお嬢様学校だったから……、敬語を話すと、どうしてもお嬢様言葉になっちゃうの……」
「……そうなんだ」
竹宮さんはちょっとだけ頬を赤くしていた。そんな姿に俺も可愛らしさを感じてしまって、これだけしか言えなかった。
ここまででお分かりいただけただろうか。
ウチの新人バイトの竹宮雛乃さんは、金持ちで、小中までお嬢様学校だったから、一般常識が欠け、世間知らずで、物を知らない女の子。それ故、とてつもない純然な人。
そんなラーメンなんて興味無さそうな、学校一純粋な箱入りお嬢様と呼ばれる彼女がウチのラーメン屋で働くことになったの!?
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