0025 逃がして、奇襲戦を
「黒さん、どうして、人狼が」
「殺害欲求が満ちれば性欲を満たす。生物にありきたりな理由もあるだろうが、な」
「このコ……」
「……。人狼は亜人からの迫害もあり、その数は減少傾向にある。数少ない雌を取りあうよりはこうして亜人の村を襲い、亜人の女に種をつけてしまう方がお手軽だろう?」
「そ、んな理由でこのコは親を殺されただけに飽き足らず襲われて犯されそうに?」
「理性の蓋が外れた獣にそれ以上の理性的思考を期待するな、ユウト。無駄手間だ」
無駄手間って、そりゃあたしかに理性の飛んだ獣に紳士を期待するなんてのは間違っている。呑気すぎて頭おかしいとしか思えないけど、でも。そんなくだらなさで……?
そんなくだらない理由でこのコはひとりになっておまけに強姦されそうになったっていうのか? そんなことがまかり通る世の中、と言ってしまえばそこまでだ。だけど。
そんなのあっていい筈がない。ありえるな。黒さんはしばらく女の子が落ち着くまで待ってくれたが、それが済んだと思ったら女の子になにか渡し、厳しい表情で告げた。
「そいつを持ってなるべく静かに、声をださずに酒場までいけ。アイラの保護下へ」
「黒さん、それは?」
「気休め程度、ではあるが、姿を眩ませるまじないをかけた灰塩だ。こいつを持っていれば滅多なこともなければ嗅ぎつけられることはない。幸い血を流してもいないしな」
そう言って、黒さんは少女に灰塩とやらを抱いている紙の小さな包みを渡した。少女は恐怖で震え、喉が一時的に硬直しているようだったが、怪我もしていないようなので自力でアイラさんのところにいってもらうよう計らう。なにしろ、まだ人狼は山といる。
可哀想だが、不憫ではあるが、でも自力で助かりにいってもらわねばすべて、は無理でもより多くを救うことはできない。それこそここでぐずぐずしていては新手が来る。
「いけるな?」
「……っ」
黒さんの確認に少女はこくこく、頷いてそっと立ちあがったので自分も立って家の外を窺う黒さんのそばへつける。少女は黒さんの御守りを胸に抱いている。抱いていたものの黒さんが少女に頷くなり、彼女は足音をひそめ、それでも急いで駆けだしていった。
……強いコだ。目の前で親を殺されて化け物に強姦されそうになったというのに。
いや、だからこそか? 命があるのだから粗末にしないように一生懸命になって?
自分だったら、自分にはできそうにないがそこは男女の差もあるかもしれないな。
とりあえずそれはいい。あのコのことは置いておいて黒さんについていかねば。これ以上に悲しみも犠牲も増やさない為に。……はてさ? 自分はそんな人間だったのか?
いや、当たり前に多少の正義感はあったかもしれないがこんな胸に燃えるような意識はなかったんじゃないかな? もしかしたら自分が怖いだけなのが恥ずかしくて目的の置き替えを行ったんだろうか? そうじゃなければ説明がつかない、ような、気もする?
うーん。曖昧だな、自分。もっとシャキッとしないとフロウは確実に、黒さんもイラっとなさるかもしれない。お叱りを受けるかもわからない。だって、迷うってことは。
死の確率をあげるってことだ。それを自らするなんて愚の骨頂。愚鈍の極みだろ?
自分は、死について悟っている高僧じゃないし、そういう境地にいたりたいわけでもないし、ましてや、死にたいと考えるほど人生を悲観していない。……いや、目覚めてからこっちろくな目に遭っていないのでちょっとは悲観する方が正常なのかもしれんが。
でも、今は今を生きる。それでいいと思う。人間なんてそんなもんだろうからと。
そうでも思わねば、なんかアレだ。よくはわかっていないけど、多分そういうことなんだろうなー、と考える。人間なんて一瞬を刻むだけで精一杯なんだ。そんな生き物。
だから、黒さんに続く。で、今度のはちょっとした群れだったので相手がこちらに気づく前に自分が牽制に四、五発ほど撃ち込み、黒さんが射程外から切り込んでいった。
気づいた時、人狼は完全に虚を突かれていたし、およそ半数が死体になっていた。
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