第8話 タイミング
昼休み。
それは精神を解き放つ瞬間。魂の刑務所たる学校生活において刹那の至福。
昼食を取るまでに四時限も授業を強いられるなんて、教育虐待にもほどが――以下略。
悟り世代の矜持を以って、由々しき事態に警鐘を鳴らさなければならない。
「飯だ、飯! 飯の時間だぜ、ヒャッホーッ!」
「プライドより、食い意地が強い奴がいる。誇りはどうした、誇りは」
「うるせー、チンケな屁理屈で腹が膨れるか!? 黙って頂きますしやがれッ」
「博之くんは無茶苦茶だねえ。けど、真理かな?」
机を合体させるや、いつメンランチタイムにしゃれ込みまして。
食欲の権化・江藤の弁当には、なぜかちょうど玉子焼きが入るくらいの隙間が空いていた。不思議だなー。
小泉と俺はコンビニ飯で、おにぎりやサンドイッチをむしゃっと咀嚼していく。
「小泉! ファミチキくださいっ」
「これ、Lチキだけどね」
「俺様は味の違いが分かる男。ななチキを食らうぞッ」
とんだチキンレースである。
昼ご飯ですら不毛な争いは回避できず、世界平和を実現できない一端を悟りました。
二人の攻防戦を右から左へ受け流すや、俺は別の問題に直面していた。
隣の最前列の席から、妙な圧を感じる。
「……っ」
一時間目の途中から今まで、幾度なくチラリズムされているのだ。
――綾森さんに。
……それって、あなたの妄想じゃありませんか? あなたが気になる相手は、あなたに何の興味もありませんよ? 想ってるだけでモテるのは、空想フィクション※現実の人物とは関係ありませんな主役様だけですが?
心中、もう一人のぼくが冷徹にかく語りき。いやさ、ちょっと厳しすぎへん? ぐすん。
セルフハラスメントはそこそこに、もう一度確認してみよう。
「……っ」
あ、目が合った! 完全に相思相愛や! すぐにコクって、フラれチャンスッ!
帰結する末路だけは至って冷静。どうやら正気だね。
やはり、電車の一件でヤキを入れたいのか。放課後、体育館裏でタイマンかもしれない。
昭和のヤンキーに憧憬を抱けば、ついぞ綾森さんが行動を取った。
立ち上がり、なんとこちらへ一歩躍り出る。明らかに俺がターゲット。
彼我の距離はもはや勘違いの余地など許さず、煮るなり焼くなり食べ放題コースなり。
綾森さんの表情に若干緊張を窺うや、いい加減周囲に異変を気取られそうな勢いだ。
教室環視の中、学園の美少女筆頭がクラスのモブに憐みを与えんとしたタイミング。
「瑠奈、ちょっと良いか?」
顔馴染みの佐々木祥子が綾森さんの行く手を遮った。
「ちょっと立て込んでる。どうしても確認しないといけない事が」
「今日遅刻した件について、瑠奈は今まで無遅刻無欠席だったろう? 一体どうしたというのだ?」
「その原因を確かめたくて」
綾森さんの答えを待たず、堅物委員長が忙しない様子で。
「悩みがあるなら、私が相談に乗ろう。なに、必ずや解決してやるとも」
「待って、祥子っ。遅刻の理由は見当が付いてるから。自分で辿り」
「うむ、ここは聞き耳を立てる輩が多いな。お前の繊細なプライベートを晒すわけにはいかない。すでにとっておきの場所を用意しておいた。疾く行こう!」
「ちょっといきなり過ぎない? いや、本当に大丈夫っ。目と鼻の先だって――」
綾森さんの抗議も虚しく、佐々木が強引にアイドルを誘拐案件。
ちゃっかり弁当を握らせた辺り、2人で一緒に食べたい口実かもしれない。かわいいねー。
――牡羊君っ! わたしの話を聞いて!
教室を退出寸前、綾森さんの表情に悲痛な叫びが込められた気がする。
……それは杞憂だね。都合の良い解釈はDTの常套手段さ。曲解、悔い改まえ。
あいかわらず、もう一人のぼくは辛辣でした。
好意のご都合主義に浸りたければ、ラブコメ主人公のライセンスが必要なのである。
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