第6話 友人

 県立中条高校は、名前の通り偏差値が中の上くらいの生徒が集まる学校。

 市内に住む普通の子が普通に受験勉強した結果、ここに落ち着くと専らの評判である。


 ごくごく普通な平凡詐欺を働く物語の主人公連中と比べ、牡羊獏は真なる平凡を冠した青少年。中条高校の説明会に訪れた中三の夏、自分はこの学校へ進学すると半ば確信めいたものを感じていた。特別愛着はないが、特段不満もない。それなりに小綺麗な高校さ。


 我が二年一組の教室へ赴けば、クラスメイトたちが疎らに集まって談笑していた。


「フッ」


 廊下側の席に着くや、不意に笑みを漏らした俺。

 群れなければ、何もできない連中め。俺は孤高の使徒ゆえ、貴様らのように偽りの友人関係に浸って心の隙間を埋めたりしないぞ。甘えるな。断じて、人見知りが高じて自分からグループに入れない小心者にあらず! 自分、ただの陰キャなんで!


「おいっす、メリーさん」

「お、お前は、江藤博之!? 中学時代からの友人で、愛嬌ある坊主頭が特徴の吹奏楽部クラリネッターッ!」

「なんだ突然、そのやけに説明口調は?」

「地の文を節約してみた」


 呆れた様子で前のイスに腰を下ろした、江藤。


「メリーさんがおかしい。平常運転、ヨシ」

「江藤の納得顔は癪だけど、まあナイスタイミングで現れてくれた」

「どうせ、喋る相手がいなくて困ってたんだろ? ったく、シャイボーイか」

「いい加減、義務教育はコミュ力を必修科目にした方がいいと思う」


 俺が人見知りなのは、文科省が悪い。ハッキリ分かんだね。

 江藤がメリーさんと俺を呼ぶのはリスナー名ではなく、あだ名だ。牡羊からメリーさんの羊に派生して、メリーさんが生き残った。偶然たまたまの結果さ。

 朝飯だと抜かし、江藤がイチゴ味のメロンパンを食べ始めた頃合い。


「おはよう、獏くん」

「お、おまえは、小泉恭一郎!? 高校からの付き合いで、柔和な笑みが女子に密かな人気がある演劇部期待のホープッ!」

「どうしたんだい急に、説明ゼリフは脚本だと赤が入るよ?」

「地の文を節約してみた」


 デジャブ、感じます。

 隣の席で優雅に足を組んだ、小泉。


「あはは。獏くんは、相も変わらずおかしいね。今日は調子が良いのかな?」

「常時低空フライトだ」

「それは朗報だね。うん、博之くんと何を語っていたのかな?」

「メリーさんが一人寂しく泣いてたから、俺様が温情をかけてやったわけ」


 江藤が、リンゴ味のぶどうジュースなる奇怪な紙パックにストローを差した。

 小泉は、裏切りそうな細目キャラの面持ちで。


「てっきり獏くん、推しの喪失に打ちひしがれていたのかと思ったよ」

「情報が早いな、小泉。お前は布教しても、Vに興味持たなかっただろ」

「まあね。でも、君には興味があるからさ」


 優男スマイルを向けるのはやめたまえ。乙女心がキュンしちゃうだろ。

 冗談はさておき、俺は悪友にだらだらと心情を吐き出してしまう。


「ふーん? 残念だったね。今は彼女を忘れず、そっと帰りを待つしかないと思うよ」

「まー、そうするしかないか。気長に信じて待たせてもろて」

「ああん、戻って来ないパターンも往々にしてあるだろ?」


 俺の切実な配慮に割り込んだのは、水を差すことに定評がある江藤。


「一つ、ありがたぁ~い教訓を教えてやるぜ。俺様には、好きなアイドルがいたんだ。CDを買って、東京の握手会に参加するくらいのな」

「その話、長くなりそう?」

「カノジョはまさに天上から舞い降りし天使! その微笑みは慈愛に満ち、その歌声でこの世全ての悪を解かす息吹に――」


 割愛。

 近頃のナウでヤングは、タイパ意識が高いので。


「……なんやかんやあって、カノジョは体調不良で活動休止を余儀なくされた。俺様のついでに全米が泣いたもんだ」

「博之くんの話は長いねえ。僕、ちょっとトイレ行ってくる」

「そして、事件は起きた! 翌週の週刊誌スクープッ! 未成年アイドルとそのマネージャー、禁断のランデブーッ! 深夜の密会! 2人は手を繋ぎ、ラブホテルで一夜を過ごして、会社へ同伴出勤――その姿を激写に成功ッ」


 次第に、江藤の表情が曇天模様。


「はは……報道後、カノジョは光の速さでグループを脱退。会見もないまま、そのまま引退……後に判明した事実が、体調不良の理由は、妊娠……」


 真っ白に燃え尽きた悪友に同情を禁じ得なかった。

 俺は、ハンカチーフをそっと取り出すや。


「涙、拭けよ」

「わりぃ、やっぱ辛ぇわ」


 いくばくの深呼吸を経て、江藤がメンタルブレイクから立ち直り。


「つまり、メリーさんも覚悟しとくこった。油断した頃に、最悪の事態はやって来るぞ」

「お、おうっ」


 俺はごくりと息を呑むや、アイドルに夢見た者の忠告を胸に刻んだ。


「まあ、俺はVが恋愛しててもオーケー派なんだけどな。画面に男の痕跡と、SNSで匂わせしない配慮があればモーマンタイ」


 そして、同担歓迎である。

 中の人が美人や魅力的なほど、彼氏いるに決まってんじゃん。いくら投げ銭したところで、別に付き合えないぞ? あっちにとって、こちらは百分の一の存在でしょうに。


「獏くんは、妙なところだけリアリストだよね。もっとあわよくばを想像したらどうだい?」

「検討するかどうかを協議するべきか、持ち帰って判断してみるわ」


 やれやれと肩をすくめた、小泉。ひょっとして、ラブコメ主人公かしら?


「とにかく、俺様が言いたいのは! 推しは、推せるときに推せ! いなくなってからじゃ、時すでにおすしだッ」

「しまらない教訓だなあ」


 俺は、ナンダカナーと独り言ちてしまう。

 ランチタイムにはまだ早いけれど、江藤の弁当から玉子焼きを失敬しよう。

 なんせ、スシのシメといえば玉子だからな――

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