怪談『頭の上』と、真相『身の丈霊』
こんな怪談がありました。
『頭の上』
たぶん幽霊、だと思うのですけど。
妙な状態の幽霊本人なのか、妙なものに取り憑かれた状態の生きている人なのか、わかりませんでした。
公園の木陰の道を歩いていると、大きな溜め息が聞こえました。
そちらに目を向けると、ベンチに異様な姿の女性が座っていたんです。
頭の上に、さらに二つも頭が乗っています。
上の二つは男性の頭に見えました。
串団子のように、三つの頭が縦に並んでいるんです。
女性本人の頭の上に、明後日の方角を向いた男性の頭が二つ。
溜め息をついたのは、女性本人だったようです。
首が重そうな様子はありませんでしたが、確かにあれは溜め息も出る状況でしょうね。
きっと、悪趣味な被り物です。
少し霞んで見えるのは、私の目の疲れというだけ。
そう自分に言い聞かせました。
あまりジロジロ見ない方が良いことは確かでしょう。
ただ、それだけで。
通りすがりに見かけただけなんですけど。
それ以来なんですよね。
私自身は誰かの幽霊とか、妙な存在に取り憑かれていませんから。
あの女性よりも良い服が欲しくなったんです。
気付いた時には、仕事で必要な訳でもない高級スーツを身に着けていました。
とても気分がよくて、やめられなくて。
もう開けるのも恐いくらい、高級感のある指輪ケースもテーブルに並んでいます。
必要になった時に恥をかかなくて済むなんて思って、友禅の着物まで。
必要になる事なんてありません。
もし本当に必要になったら、必要に合わせて仕立てればいいんです。
そうは思っても、急に必要になるかも知れない。持っていて損はない。このスーツに安物のバッグと靴というわけにはいかないし……。
我に返れば言い訳でしかないと、わかっているのですけど。
気が大きくなるたびに、頭三つの女性の姿が頭をよぎります。
身の丈以上なんて言いますけど。
あれは頭二つ分、気を大きくさせてしまう心霊現象のようなものだったのでしょうか。
真ん中の男性の頭と、目が合った気がしたんです。
きっとそのせいだと思って、神社でお祓いをしてきました。
それ以来、なにかと言い訳を付けて高級品を買い込もうとは思わなくなりました。
こういう心霊現象も、あるのかなって思いました。
もちろん、心霊現象というのも言い訳でないとは言い切れませんけど。
貯めていたボーナスが数十円になっているのを理解したとき、本当に何か手を打たないと危険だと実感したんです。
お祓いに行って良かった。
今でも、あの頭三つの女性を思い出すたびに、私はもっときれいな服を着るべきではないか、なんて思ってしまうんです。
もう二度と、妙な存在を見たくはないですね。
――――という、怪談の真相は?
『身の丈霊』
幽霊による怪談会。
死霊や生霊、妖怪や不思議な現象そのものなど。
様々な存在が参加する。
ただ、怪談会の行われる古寺には、悪霊などの悪意ある存在は入ることが出来ない。
その霊は、頭が縦に3つあった。
本人のものと思われる頭の上に、もうふたり分の頭が乗っている。
体はグレーの長袖ワンピースを身に着けた小柄な女性だ。
女性の頭の上に、男の頭がふたつ積み上げられ、異様な容姿をしている。
しかし、本堂に座布団を並べて座る参加霊たちの表情は、いたって平常だった。
上ふたつの頭は、ぼんやりと明後日の方向に目を向けている。
本人のものと思われる一番下の頭は、怪談会MCの青年カイ君を見詰めていた。
カイ君本人はしばらくポカンとしてしまってから、軽く咳払いした。
「えーっと、次のお話をして下さるのは……?」
「あ、もちろん私です。一番下の」
と、女性が苦笑する。
周囲の参加霊たちは不思議そうな表情をしている。
頭の上に乗っている、もうふたつの頭は見えていないようだ。
「それでは、お話しをお願いします」
目をパチパチさせながらカイ君が拍手すると、参加霊たちもハフハフと拍手した。
生きている人はもちろん、一般幽霊にも見えないようなんです。
ただ私には何故か、生前から見えていました。
目を合わせないようにしていたんですが、今の私と同じ状態にあった祖母から譲り受けてしまって。
上のふたつは、身の丈以上の行いをさせようとするモノです。
妖怪化した悪霊のような存在らしいですね。
でも、これに悪意はないんです。
そういう存在というだけですから。
元々、身の丈以上のことがしたい人に取り憑いて、その意識を増幅させるんです。
身の丈以上の行動は、誰かの迷惑になったりどこかに皺寄せがいきます。
取り憑いた人に向けられる周りの人たちからの反感や軽蔑、恨みの念などを食べているようで。
私は幸い、身の丈未満で十分な性格だったんです。
でも、たまたま私の周りに、身の丈以上の贅沢を我慢できないのが何人かいて。
それぞれに取り憑くより、私から出るその人たちへの恨みを全て吸収する方が合理的と判断したみたいです。
死んでも恨みは消えなくて、まだコレに取り憑かれたままなんです。
でも、恨みを食べてもらっているおかげで、私は怨霊にならずに済みました。
すごい見た目のオバケになっちゃってますが、多少感謝はしています。
話し終えると女性は、
「ありがとうございました」
と、言って床に手をつき、すっと頭を下げた。
一番上の頭が床に振り下ろされ、ゴツンッと大きな音を立てる。
その音は本堂に反響し、カイ君がギョッとして身を引いた。
一番下の女性の頭は、床に届いていない。
しかし、上ふたつの頭が見えていない参加霊たちにも、ゴツンと言う音は聞こえたらしい。
周囲の参加霊たちが不思議そうに見つめている。
カイ君は、さらに目を見張った。
頭を下げたままの女性から、ふたつ乗っていた頭がゴロゴロと床へ転げたのだ。
本堂の木戸が、ひとりでに開かれた。
ふたつの頭は別々に転がり、夜の闇の中へと飛び出して行った。
周囲の参加霊たちには、その様子も見えていない。
頭を下げた女性を見つめるままだ。
「――あぁ、重かった!」
顔を上げ、自身の頭ひとつになった女性は、息をついて笑顔を見せた。
「……取れましたね」
と、カイ君は目をパチパチさせる。
「通りすがりの霊能力者さんに教えてもらったんです。神聖な場所で衝撃を与えると、離れていくことがあるって」
「なるほど……それで先ほどの存在にも、お詳しかったんですね。離れて良かったです」
頭頂部に触ってみながら女性は、
「本当に、良かった……髪が無くなっていたらどうしようかと思いました。ここに、アレが見える人も居てくれて良かったです。これで身軽に成仏できます」
と、安堵の表情を見せた。
「身の丈以上の行いをするほとんどの人は、自身の意識からのものなのでしょうけど。中には、先ほどの頭に取り憑かれたことが原因で、その意識を増幅されている場合もあるんですね」
納得するカイ君と女性に、参加霊たちは首を傾げている。
終始、不思議そうにしていた参加霊たちだが、ひとつの話が終わったらしいと、よくわからないながら拍手をしてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます