怪談『カーテン』と、真相『死後30年』
こんな怪談がありました。
『カーテン』
アパートの1階に住んでいます。
道路際にベランダの窓があって、目隠しのフェンスなどは無いんです。
道路から丸見えなので、その窓はカーテンを閉めっぱなしにしています。
外の天気を見る時だけ、カーテンの端っこの隙間をちょっと開けて覗く程度。
その窓は、換気で開けることすら滅多にありませんでした。
僕がいつものように部屋でテレビを見ていると、閉めっぱなしのカーテンが動いた気がしたんです。
あれ? と思ってじっと見ていると、カーテンの端に人の指が見えました。
その指がカーテンの端をちょっと開いて、こちらを覗き込んだんです。
確かに、知らない男の片目と目が合いました。
覗きか泥棒かと思って、すぐにカーテンを開けたんですよ。
でも、誰も居ないんです。
ガラス窓もきっちり閉まっていて、鍵が掛かっていました。
カーテンを全開にして確認しましたが、もちろん誰も隠れていません。
窓の向こうの道路にも、人影はありませんでした。
確かにカーテンが揺れて、端から人の指が見えて、その向こうに人の顔と片目が見えたのですが、そんなはずはない状況だったんですよね。
気のせいだったと思うしかありません。
そんな体験はこの一度きりです。
でも、ちょっと気になって、時々カーテンの向こうを確認しています。
いつでも、窓はきっちり閉まっているんですけどね。
――――という怪談の、真相を聞いてみましょう。
『死後30年』
次の話し手は、立派な肩パットの入ったベージュのスーツ上下を身に着けた男性だった。
ボリュームのある黒髪を、やや長めにカットしている。
昭和後期か平成初期ごろの格好に見える男性は、車座に並ぶ参加霊たちを見回し、
「やっぱり皆さん、新しい幽霊さんたちですね」
と、首を揺するように会釈した。
怪談会のMC青年カイ君も参加霊たちを見回し、
「本日の参加者の皆さんは、平成後期に亡くなられた方が多いですね。でも、ここには色んな時代の方がいらっしゃいますよ。以前は明治初期の方が、現代用語を身につけてご参加くださったこともありました」
と、答えた。
「明治初期?」
と、男性と他の参加霊たちも目を丸くする。
「ええ。世の中の変化が気がかりで成仏できないという方で。そういうスタンスでこの世に残る政治家が少ないことと、女子高生のスカート丈の変化が特に驚いたとおっしゃっていました」
「……それは興味深い」
「本当ですね」
「僕は平成の初めなんですが。幽霊の中で、それほど古臭いってわけでもないのかな」
首を傾げながら男性が言う。
「亡くなられていることに気付いたの、つい最近でしたか?」
と、カイ君は聞いてみた。
「あ、はい。そうなんですよ」
頷きながら、男性は話し始めた。
死んだことに気付いていない幽霊。
死の直前の時間を繰り返し続ける幽霊……。
怪談やホラー作品で耳にしますよね。
若い頃は怪談やホラー映画、けっこう好きでした。流行っていましたし。
でも、自分がそうなっているとは思わなかったんです。
30年近く……。
僕は死んだことに気付かず、通勤し続けていました。
でも、時代が進んでしまっていることに、やっと気付いたんです。
小ぶりの四角いお盆のような物を、指でつついている人が居て。
何をしているのかと思ったら、テレビやパソコンの画面のようなものを指で操作していたんです。
なんだこれはと思っていたら、周りの誰もが、それのもっと小さいものを手にしていました。
スマホって言うんですよね。
電話しかできない携帯電話の、進化したものだと知った時は驚きました。
まぁ、それがきっかけで、とっくに自分が死んでいるのだと気付いたんです。
同時に、街の様子の進化も見えました。
別世界にでも飛ばされたかと思いましたよ。
自分が住んでいた場所が、どうなっているのか心配になって。
どうして気付かなかったのか、どうして気付いたのか、不思議ですけど。
とにかく、地元に帰りました。
駅にはそれほど変化もありませんでしたが、住宅地がずいぶん様変わりしていました。
雑木林や田んぼがあった場所には、アパートや建売住宅が出来てしまって。
僕が住んでいたはずのアパートも、どこだかわからなくなっていたんです。
幸い、自分が幽霊だと気付いてからは、施錠されている窓からも中を覗くことが出来たので。
家族が居ないかと、他所様のアパートを覗いて回ったんです。
堂々と覗くのは気が引けるので、ちょっとカーテンの隙間から中を見て。
生前に住んでいたアパートと家族を捜し歩きました。
通行人の前に出てみても、僕の姿は見えていないようだったんですけど。
数か所のアパートで、住人と目が合ってしまったんです。
現代人って、幽霊が見える人が増えているんでしょうか。それとも、僕の覗き方が悪いのかな。
見えるのは一瞬だけのようですけどね。
僕と目が合ってしまった住人は驚いてカーテンを開けたり、悲鳴を上げて家族を呼んだり。
僕の姿が見えるとは思ってなかったので。
脅かしてしまって、申し訳なかったです。
諦めたように息をつき、男性は話し終えた。
「結局、僕のアパートも家族も見付からなかったんですけどね」
優しい表情で聞いていたカイ君は小さく頷き、
「通勤時間帯には、あなたの姿が見えていた人も多かったのかも知れません。人混みですれ違う人の全てを、はっきり目視確認している人なんていませんから。あなた自身が生きていると思い込んでいた時間は長くて、あなたを生きている通行人として見ていた人の数も多くて。その影響で、幽霊を見やすい人でなくても、あなたは見えやすい状態になっているのかも知れません」
と、話した。
男性は目をパチパチさせている。
「なるほど……僕の方が、見えやすくなってるんだ。考えたことありませんでした」
「亡くなられていることに気付くまで時間がかかっていたんです。ご自身が帰られる場所を知るにも、もう少し時間がかかるのかも知れません」
カイ君が頷き、聞いていた参加霊たちも、うんうんと頷き合っている。
男性も大きく頷いて見せ、
「明治初期の幽霊さんが残っているくらいですもんね。気長に探してみます。ありがとうございます」
と、笑顔で答えた。
「こちらこそ。ご参加いただきありがとうございます。ぜひ、また怪談会にいらしてくださいね」
「はい!」
カイ君と男性幽霊、参加霊たちも明るく拍手した。
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