怪談『藁人形幽霊』と、真相『藁人形』


 こんな怪談がありました。


『藁人形幽霊』



 最近、近所で藁人形わらにんぎょうを持った女の幽霊が出ると噂になっています。

 藁人形といえば、五寸釘を打ち付けるうしの刻参りを連想しますが、噂ではエプロン姿の女性なんです。



 私も先日、ついにその姿を見てしまいました。

 驚きより、悲しくなりましたね。

 エプロン姿の女性は、ご近所で亡くなったばかりの奥さんだったんです。

 朝のゴミ捨て場で顔を合わせたときに、挨拶をする程度でしたけど。

 明るい笑顔で、ご近所でも優しい配慮が出来る奥さんって言われていたのに。


 奥さんの私物らしい鏡台とか小物入れとか。

 服や靴なんかも、亡くなった直後にゴミに出されていて驚いたんです。

 家庭ゴミは一家で3袋までと、地域のルールで決められているのですが、おそらく旦那さんが知らずにたくさん出したんですね。

 ご自宅の前にも粗大ゴミのシールが貼られた鏡台や、ピンクのハンガーラックなんかも出されていて。

 そんなに早く処分してしまうのかって、近所でもヒソヒソ言われていました。


 でも、旦那さんがすぐに再婚したので、それで前の奥さんの私物を処分したんだねって。

 奥さんは心臓発作で亡くなったそうですけど。

 もともと旦那さんの浮気があって、そのストレスで心臓発作を起こしてしまったのではないか。

 心臓発作と言っているものの、本当は自殺だったのではないか……。

 いろいろ言われていましたね。



 そんな噂も囁かれなくなった頃に、藁人形を持った幽霊の噂がたち始めました。

 その時は夏だったので、怪談が流行っているのだろうと思っていたんです。

 でも、亡くなった奥さんが藁人形を手にしている姿を見てしまって……。


 後妻を迎えた旦那さんも、同居しているお姑さんも凄く明るくて。

 とても幸せそうに見えるんです。

 その家の周りを、藁人形を持った奥さんの幽霊が悲しげに歩いている……。

 いたたまれなくなりました。

 全く見知らぬ人なら、藁人形を持った女の幽霊なんて怖く感じるかも知れませんけど。

 後妻と幸せそうな毎日を送っている旦那と姑の方に、恐怖を感じるんです。


 亡くなった奥さんが、少しでも安らかに眠れることを願っています。




 ――と、いう『怪談』になっている幽霊さんのお話を聞いてみましょう。


『藁人形』



 幽霊による怪談会が開かれている、田舎の古寺。

 大きくも小さくもなく、古寺といっても荒れ果てているわけではない。

 周囲の山々や竹藪たけやぶにもよく似合う、ごく普通の質素な寺だ。

 きらびやかな装飾は見当たらないものの、静かで手入れの行き届いた本堂は厳かな空気を感じる。

 辺りに広がる竹藪の笹が、風にサラサラと優しい音を鳴らしていた。


 次の話し手は、エプロン姿の女性だ。

 MCの青年カイ君と参加霊たちの拍手に、女性は気まずそうに肩をすぼめている。

「あの……私、悪霊だと思うんですけど」

 そう言った女性の手には、色あせた藁人形わらにんぎょうが握られていた。

「ここに私、入ってしまって良いんでしょうか。誰かに話を聞いてほしくて、同じ幽霊の状態の人たちにお会いしてみたくて……ここに来てしまったんですけど。あの、出て行った方が良ければ……」

 と、女性はカイ君に不安げな視線を向ける。

「生前に人を呪ったことがあるとか、今でも誰かを怨んでいるという理由だけで、悪霊になるわけではありませんよ」

 優しい笑みのまま、カイ君は話した。

「……えっ? そうなんですか?」

「もちろん死後の恨みの強さで悪霊になる人はいますが、あなたはそれより、ご自身が安らかに成仏することを願っているじゃありませんか。あなたのお気持ちは伝わってきますよ。悪霊の入れないこの寺に入れている時点で、あなたは悪霊ではないんです」

 カイ君の言葉の途中で女性は目を潤ませ、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 ずっと握り締めていた藁人形からゆっくりと手を放し、膝上に置くと、女性は両手を顔に当てて泣き出した。

「あの、良かったら、お次に……すみません。私、うれしくて」

「わかりました。では先に、他の方のお話をうかがいますね」

「はい……」

 ハフハフという優しい拍手は、エプロン姿の女性に向けられていた。

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