ある日突然、知らないおじいちゃんから莫大な遺産を相続させられて、全裸の執事と地獄がもれなくセットでついてきた話。

橋元 宏平

知らないおじいちゃんから遺産を相続させられて、地獄に叩き落とされた話。

「お帰りなさいませ、ご主人様」


 豪華なお屋敷の玄関を開けると、個性的なイケメンが5人並んで、うやうやしく出迎えてくれた。


 全裸で。


 どうして、こうなった。




 話は、1時間ほど前までさかのぼる。


 俺は、川崎虎河かわさき たいが、20歳。


 俺が幼い頃に、両親は事故で鬼籍きせきに入り、児童養護施設じどうようごしせつで育てられた。


 高校卒業後、すぐに施設を出て、「Shub-NiggurathシュブニグラスEntertainmentエンターテインメント」でアルバイトしている。


「シュブニグラス・エンターテインメント」は、総合メディア企業。


 バラエティー、ドラマ、ニュースなどを放送している大手放送局。


 テレビ専門誌、番組の関連グッズなど、メディアミックスにも力を入れている。


 だけど、俺は華やかな表舞台とは無縁の、いわゆる裏方うらかた舞台裏ぶたいうらで働く人)。


 撮影機材を運んだり、セットの組み立てを手伝ったり、ほとんど雑用係ざつようがかり


 まぁ、ただのバイトだからね。


 今日も今日とて、したとして雑務ざつむに追われている。


 そんな俺の元へ、スーツ姿の中年男が訪ねてきた。


 長身痩躯ちょうしんそうく(背が高くてせている)で、顔は青白く、不健康そうな顔をしている。


 女を口説くどけば簡単に落ちそうな、静かなイケメンボイスで問う。


「すみませんが、あなたが、川崎虎河さんですか?」


「そうですけど。どちらさまですか?」


「私は加藤かとう有利ゆうりと申します。弁護士をしております」


 薄い唇にわずかに笑みを浮かべて、加藤先生は名刺を差し出した。


 名刺を受け取ると、『加藤有利法律事務所かとうゆうりほうりつじむしょ 弁護士 加藤有利』と書いてある。


 それを見た俺は、血の気が引く。


「べ、弁護士先生……? 僕、何かやっちゃいました?」


「ここでは、少々話しにくい大事な話ですので、場所を移しましょう」


「は、はい……。分かりました」


 弁護士なんて職業の人には、初めて出会った。


 完全に偏見へんけんなんだけど、弁護士って怖いんだよね。


 だって、弁護士って、事件が起こった時に出てくる人じゃん。


 そもそも、世間一般的に「先生」と呼ばれる人が苦手。


 別に何も悪いことしてないのに、めちゃくちゃ緊張する。


 もしかして、知らないうちに、法に触れるような犯罪をやってしまったのだろうか。


 もし、犯罪者になっていたら、どうしよう……。


 俺は、スタジオ内にいる人々に聞こえるような大きな声で、「すみません、急用が出来たので帰ります!」と言った後、加藤先生と共に職場を後にした。





「どうぞ、お入り下さい」


「は、はい……」


 加藤先生の法律相談事務所ほうりつそうだんじむしょへ連れて来られると、奥の応接室へと通された。


 中には、いかにも高級そうな木製のテーブルとソファが置かれていた。


 ガチガチに緊張した俺は、うながされるままソファに座る。


 秘書さんがお茶を置いて立ち去ると、向かいに座った加藤先生が静かに口を開く。


「この度、川崎さんは、故ピート・ミッチェル氏の遺産を、相続そうぞくされることになりました」


「はい?」


 突然のことに、思考が停止した。


 ピート・ミッチェル。


「ビジネス界における世紀の大富豪だいふごう」とか「経済王けいざいおう」などと呼ばれた、「シュブニグラス・エンターテインメント」の創始者そうししゃであり、最高経営責任者。


 胆力たんりょくやリーダーシップ能力を高く評価され、メディアをかいして政治にも関わっていた権力者けんりょくしゃ


 アホな俺でも知っているくらいの、超有名人。


 めっちゃ偉い人ってことは知っているけど、会ったことは一度もない。


 2ヶ月くらい前に病気で亡くなったと、ニュースで報道していた。


「遺産相続」って、亡くなった人のお金を受け取るって意味で合ってる?


 なんで俺なんかが、そんな人の遺産を、受けぐことになったんだ?


「『ワケが分からない』という顔をされていますね。では、簡単にお話ししましょう」


 加藤先生はメモ帳を手に取り、説明を始める。


「あなたもご存知でしょうが、ミッチェル氏は誰もが知る大資産家です。しかし、彼は生涯独身しょうがいどくしんで子がおらず、遺産を継ぐ者がいなかった。そこで、あなたに相続されることになりました」


「いやいや、おかしいでしょ、それ。なんで、見ず知らずの僕に、相続されることになったんすか?」


 さっぱり、話が見えてこない。


 俺が混乱しながら聞き返すと、加藤先生は小さくうなづく。


「そうですね。もう少し詳しく、お話ししなければなりませんね」


 加藤先生は、メモ用紙に分かりやすく図解を描いて、トントンと指し示す。


「先ほど説明した通り、ミッチェル氏には相続者がいませんでした。病気により死期しきさとった彼は、危機感を覚えました」


「確か、ニュースで病死と、報じられていましたけど。どんな病気だったんですか?」


 加藤先生は真剣な表情で、重苦しい口調で語る。


「ある朝、彼はカミソリでヒゲを整えていた時、手がすべってそれはそれは大事なイボを、切り落としてしまったのです」


「イボ?」


 ピート・ミッチェルは、写真やニュースくらいでしか見たことがないから、ぼんやりとしか覚えてないけど。


 言われてみれば、ピート・ミッチェルの顏には、大きなイボがあったような気がする。


「それから彼は人が変わったように内気うちきになり、衰弱すいじゃくしたそうです。彼にとって、イボは彼の分身であり、彼自身でもありました」


「え? 何それ、イボにそんな重要な意味があるんすか?」


 俺がきょとんとして聞き返すと、加藤先生はとても重要なことのように告げる。


「そう。イボは、彼にとって全てだったのです」


「なんで、イボが全てなんですか?」


 俺のツッコミを無視して、加藤先生は淡々と続ける。


「イボを失った彼はふさぎ込み、『ヤベェ、このままじゃ死ぬ、私ピンチ』と、思ったそうです。その時、彼の頭に思い浮かんだのは、莫大ばくだいな遺産でした。『とにかく、誰かに相続しなければ!』と、あせりました」


 相続者がいなければ、個人の遺産は国に持っていかれる。


 法律に詳しくない俺でも、そのくらいは分かる。


 加藤先生はメモ用紙に、ふたりの棒人間を描き、ふたりの間に「→」を描く。


「そこで、あなたに相続しようということになりました」


「だから、がおかしいっつってるんですよ。なんで、話が飛ぶんですか? のところを詳しく、説明して下さいよ」


 俺が少し声を荒げて詰め寄ると、加藤先生は深々と重いため息を吐き出す。


「これだけは、言いたくありませんでしたが……。どうやら、言わなければならないようですね」


「え? 何? 僕の知らないところで、何か深い因縁いんねんがあったんですか?」


 加藤先生のただならぬ表情に、俺は固唾かたずんで、次の言葉を待った。


 加藤先生は、俺に顔を近付けると、小さな声で打ち明ける。


「『くじ』で」


「は?」


 くじ?


 くじって、何だっけ?


 混乱する俺に、加藤先生はさらっと答える。


「全従業員リストから、適当に『くじ』で決めたそうです」


「えぇぇ~っ? 遺産だよっ? 相続した人の人生が、まるっと変わっちゃうくらいの遺産だぞっ? それを、『くじ』で決めちゃったのかよっ? マジありえねぇ……」


 そんな世界一アホな一番くじ、アリかよ……。


 頭がおかしくなりそうになって、思わず頭を抱えた。


「全く考えられないことですが、その通りなんです」


 加藤先生はため息を吐き出すと、メモをクシャクシャポイして、ゴミ箱へ投げ捨てた。


 棚からファイルを取り出し、テーブルの上に重要書類を並べていく。


「それから、相続書そうぞくしょ遺言書ゆいごんしょを作成し、ミッチェル氏は満足そうな顔で息を引き取りました。こちらが、その書類です」


「うわぁ、マジだぁ……」


 正真正銘しょうしんしょうめい、正式な相続書と遺言書。


 きっちり、俺の名前が書き込まれてるよ。


 どうしてこうなった。


 大資産家の遺産って、一体どれだけのものなんだろう。


 きっと、一生遊び暮らしても余るくらいの財産が、手に入るに違いない。


 だんだん怖くなってきて、全身にイヤな汗を大量にき始めた。


 恐る恐る、加藤先生に問う。


「あのぉ~……。これって、辞退じたいすることは出来ないんですかね?」


「辞退されるんですか? この莫大な遺産を?」


 それこそ、「信じられない」という顔で、加藤先生は俺を見た。


 その目が怖くて、俺はおずおずと加藤先生の顔色をうかがう。


「いや、その、これ、辞退した場合、どうなるのかなぁ……? なんて、ちょっと思っちゃったりなんかしちゃったりして……」


「辞退された場合は、『Greatグレート Oldオールド Onesワン』に寄贈きぞうされることになっています」


「は?」


 ますます混乱した。


Great偉大なる Old古き Onesもの』って、あれだろ?


 暗躍あんやくしてるとかいう、謎の犯罪組織とかなんとか。


 そんな怪しいもんに寄贈するって、どういうこと?


 イボがあるなしで、そんなに変わっちゃうもんなのっ?


 そういう意味では、イボが彼自身であったというのも、分からなくは……。


 って、やっぱ分からん!


 加藤先生は、後ろに黒いオーラが見えそうな恐ろしい迫力で、俺を説得してくる。


「もし、あなたが相続しなかった場合、犯罪組織にエサを与えることになるのです。何としても、あなたに相続してもらわなくてはなりません」


「うわぁ、マジかぁ」


「この国を、いえ、世界を守る意味でも、なんとしてもあなたに相続して頂かないと。さもなくば、Cynothoglysキノトグリスに導いて頂くことになりますよ?」


「きのと、ぐり……?」


 って、何?


 言葉の意味は良く分からんが、とにかくスゴイ気迫きはくだ。


 この人は普段冷静でも、怒らせたら超怖いタイプと見た。


?」


 加藤先生に気圧けおされて、俺は恐怖で何も言えなくなる。


 加藤先生は、薄笑いを浮かべて、声のトーンを戻す。


「なお、ミッチェル氏が生前住んでいた豪邸ごうていも、もれなく付いてきます」


「そんな、オマケみたいに……」


 俺が力なく言うと、加藤先生が微笑みながら提案する。


「どうです? これからその豪邸をご覧になっては? 少しは、その気になるかもしれませんよ?」


「そ、そうですね。見るだけなら……」


 渋々しぶしぶ頷くと、加藤先生はテーブルに広げていた書類をまとめ始める。


「では、すぐ見に行きましょう。今も、住み込みの執事やメイド達が管理をしていて、すぐにでも住める状態になっているそうです」


「へ、へぇ、そうなんすか。さすが、大資産家ですね……」


 俺は引き気味で、感心した。


 亡くなってから、約2ヶ月が経過している。


 その間もずっと、住み込みの執事さんやらメイドさん達が、豪邸を管理していたのか。


 きっと、お給金が相当良いに違いない。


 社長が亡くなった後も、引き落としで払い込まれているのか、それとも前払いだったのか。


 施設育ちの俺には、どんな世界なのか、全く見当もつかない。


 加藤先生に促されて、俺は社長が生前住んでいたという豪邸を見にいくことになった。




「ここです」


「ほ、ホワイトハウス?」


「いえ、ミッチェル氏が、生前住んでいた屋敷です」


「う、ウッソだろぉぉ~っ?」


 目の前にあるのは、ホワイトハウス並の豪邸だった。


 ホワイトハウスってのは、アメリカの首都ワシントン市にあるアメリカ大統領の官邸かんていのこと。


 とにかく、白くてデカい。


 ホワイトハウスの床面積は、約5100㎡


 階数は、地上3階、地下3階の計6階。


 部屋数は驚きの134室。


 エレベーターは、3基備きそなえている。


 こ、この豪邸はそこまでではないよね?


 個人の所有物で、あそこまでデカくはないはずだ。


 柵に囲まれた門の前には、ムキムキマッチョマンな門番まで立っているし。


 ここは、いったいどこだ?


 もう、ここにいるだけで、別世界だ。


 加藤先生が門番に話し掛けると、門が開かれた。


 門番がにこりと、俺に微笑み掛ける。


「どうぞ、お入り下さいませ、ご主人様」


「あ、どうも。まだ、ご主人様じゃないんですけど……」


 ぎこちなく笑い返して、屋敷へと向かう。


 ってか、門から玄関までが超遠いんだけどっ!


 何mあんの? これ。


 と、思ってたら、目の前に黒塗りの超高級車が停車する。


 大統領とか最重要人物VIPしか乗れないような、ロールスロイスとかいうヤツ。


 こんな超高級車、テレビでしか見たことないぞ。


 運転席から、紳士服に身を包んだ運転手が降りて来て、後部座席のドアを開けてくれる。


「お待たせ致しました。玄関まで、お送りさせて頂きます」


「え? 玄関まで、車が必要な距離なんですか?」


「ええ。さ、乗って下さい」


 運転手と加藤先生にうながされて、恐ろしく広い高級車に乗せられた。


 シートは革張りでフッカフカだし、乗り心地はめちゃくちゃ良い。


 だけど俺は、もうガッチガチに緊張して、どうして良いか分からなくなる。


 こんな超高級車に乗れる日が来るなんて、思わなかったぞ。


 それから5分ほどして、車は止まった。


 自分でドアを開けようとしたところ、運転手が回り込んで開けてくれる。


「ドアを開けるのも、私の仕事ですから」


「そ、そっすか……」


「ご乗車、ありがとうございました。どうぞ、お気を付けてお降り下さいませ」


 にっこりと運転手に笑い掛けられて、俺は何だか申し訳ない気持ちになった。


 玄関に立つと、重厚な木製の両開きの扉が立ちはだかっていた。


 手を掛けるまでもなく、扉がゆっくりと開かれる。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 俺は、目の前の光景にあきれて言葉が出なかった。


 玄関を開けると、それぞれ個性的なイケメンが5人並んで、うやうやしく出迎えてくれた。


 全裸で。


 え? なんで、全裸?


 ミッチェル氏は、そういう趣味の人だったのか?


 だから、生涯独身だったんだろ?


 きっと、くじで決めたってのもウソだ。


 俺が、ミッチェルの好みのタイプだったんだ。


 そんな理由で、選ばれたんだ。


 ありえない、なんで俺なんだ……。


 急に全身から力が抜けた俺は、がっくりと床に膝を着いた。


「大丈夫ですか? ご主人様」


 全裸の男達が俺を取り囲んで、心配そうに声を掛けてくる。


 全裸の男達に「かごめかごめ」されるという、悪夢のような光景。


 床に膝を着いた俺の目の前には、男のシンボルがぷらんぷらんしている。


 何が悲しくて、イチモツをながめなくちゃならないのか。


 とりあえず、見ないように、顔を上げる。


 すると、目が覚めるような超絶美形ちょうぜつびけいの顔が、どアップになった。


「うわぁっ!」


「いかがなさいました? ご主人様。どこか具合でも……?」


 心配そうな顔も絵になる、メガネを掛けた20代前半の知的なイケメンが見つめてくる。


 近い近い!


 やけに長いまつ毛が、数えられそうなほど顔が近い!


 やめろー! 俺にその気はねぇっ!


 俺は慌てて超絶美形の肩を掴んで、距離を広げる。


「い、いや……。ちょっと眩暈めまいがしただけで……」


「眩暈! それは大変だっ! すぐにも、ベッドルームへお運び致しますっ!」


「えぇっ?」


 いきなり、超絶美形にお姫様抱っこされた。


 なんで、お姫様抱っこっ?


「待て待て! 大丈夫っ! マジで、大したことないからっ! 降ろして下さいっ!」


「ミッチェル様も、そうおっしゃって間もなく、お亡くなりになられました」


「え?」


 驚いて顔を見上げると、整った顔立ちにかげりが見えた。


 そうか、コイツはミッチェルの最期を看取みとったのか。


 俺も10歳の頃、施設で一番仲が良かった幼馴染おさななじみを亡くしている。


 いつも一緒で、大事な親友だった。


 でも、病気になって、どんどん弱っていって死んだ。


 病名は、知らない。


 いや、聞いたんだけど、覚えてない。


 今でも、俺の心に影を落とし続ける悲しい記憶だ。


 幼馴染を亡くしてしばらくは、誰かが軽く咳をしたくらいでも、過敏反応かじょうはんのうを示したくらいだ。


 ましてや、コイツの場合、前の主人を失って2ヶ月ほどしか経っていない。


 心配性になるのも、分からなくはない。


 俺が黙り込むと、超絶美形が振動を与えない足取りで、俺を運んで行く。


 後の4人と加藤先生も、ゾロゾロ後ろに続いた。


 しばらくすると、ムダにぜいたくなベッドルームへ辿たどり着く。


 映画でしか見たことないような、天蓋てんがい付きのキングサイズベッドが、広い部屋の真ん中にドーンと置いてあった。


 うぉうっ、金持ちの金銭感覚とセンスが分かんねぇ~……。


 全裸の小柄な少年が布団をめくると、シルクのような綺麗なシーツの上に、そっと降ろされる。


「くれぐれも、ご無理はなさいませぬように」


「お、あ、ありがとう、ございます」


「いえ、これくらい、礼を言われるほどのことではありません」


 優しい微笑みを浮かべると、まるで芸術品のような美しさだ。


 思わず見とれていると、不思議そうに聞いてくる。


「私の顔に、何か?」


「い、いやその。綺麗な顔してんなぁと、思いまして……」


 何故か急に恥ずかしくなって、慌てて目をらした。


 超絶美形はおかしそうに、小さく笑う。


「ありがとうございます。あなた様も凛々りりしくて、お素敵ですよ」


「な、何言ってんだっ! 超絶美形にお世辞せじ言われたって、ううう、嬉しくなんかねぇんだからな……」


 最初は声を張っていたが、徐々に声が小さくなってしまった。


 金でやとわれてんだから、お世辞のひとつやふたつ、平気で言うに決まっている。


 そんな、白々しらじらしいお世辞を言われたところで……。


 うん、まぁ、められたら嬉しい。


 そのまま黙っているのも気まずいので、何か喋ろうと口を開く。


「あ、あの、お兄さん達は、何者なんですか……?」


「ああ、申し遅れまして、誠に申し訳ございません」


 うやうやしくお辞儀じぎをすると、全裸の男達は横一列に整列する。


「私どもは、ご主人様付きの執事でございます」


「し、執事なの……?」


 全裸なのに?


 俺が半信半疑で聞き返すと、さっきの超絶美形が綺麗に微笑む。


「はい。私は、秘書の桜庭さくらば春樹はるきと申します」


「続きまして、私は執事長のたちばな夏彦なつひこでございます! 今後とも、どうぞお見知り置きをっ!」


 桜庭の横に立っていた、20代後半くらいのハツラツ野郎が、やたら元気に挨拶した。


 運動部の部長とかやってそうな、好青年といった感じ。


 さっき布団をめくってくれた、小柄な色白の美少年がおずおずと名乗る。


「は、初めまして。ぼ、私は、ご主人様の身のお世話と雑務をさせて頂きます、桔梗ききょう秋桜あきおでございます」


 小さな顔とパッチリとした大きな目が、美少女と見紛みまがうほど可愛らしい。


 でも、せっかくの可愛い顔が、長い前髪に隠れて、もったいない。


 恐らく、桔梗がこの中で最年少だろう。


「アタシは、スタイリスト兼客室係の椿つばき冬月ふゆつきよ。椿って、呼んで下さいな」


 30代くらいの大男が、しなを作ってバチンとウィンクした。


 綺麗に化粧をしていて、髪は真っ赤に染められていた。


 良く見たら、長い爪にはピンクのマニキュアまで塗っている。


 執事が、そんなんでいいの?


 やたらデカくて体格が良いから、見下ろされるとちょっと怖いんですけど。


 それにしても「春夏秋冬」で、名前が覚えやすくてありがたい。


 椿の横には、胸毛が生えたガチムチマッチョが並んでいる。


 30代後半くらいで、いかつい顔をしていて、椿よりも迫力があってスゲェ怖い。


「管理業務と給仕担当の、田中一郎です」


 そんで、お前は季節とは関係ないんかい!


 急に、普通の名前が来たな。


 田中が笑うと、ちょっと怖さが和らいだ。


 でも執事というより用心棒みたいで、怖くて目を合わせられない。


 田中とは、仲良くなるのに、少し時間が掛かるかもしれない。


 超絶美形。


 好青年。


 美少年。


 綺麗なオカマ。


 ガチムチな男前。


 それぞれタイプの違う、イケメンばっかり揃っている。


 鍛えているのか、全員良い体付きをしている。


 全裸だから、肉体美がとても良く分かる。


 いや、おかしいだろ、全裸。


 なんで、執事が全裸なんだよ?


 普通、執事はスーツを着てるよな?


 これも、ミッチェルの趣味なのか?


 趣味かな、やっぱり。


 だって、これだけの美形を揃えてて、しかも全裸。


 聞いちゃマズいかな? 全裸。


 でも、すんげぇ気になって仕方がないぞ、全裸。


 俺は顔を引きつらせながら、恐る恐る手を上げる。


「ちょっと、質問良いですか?」


「どうぞ。いくつでも、なんでもお答え致します」


 桜庭がにっこりと微笑んだので、ちょっと気後れしながら質問する。


「なんで、全裸なんですか?」


「それは、先代のご主人様が、お決めになられたことです。執事たるもの、主人に隠し事があってはならない! 全てをさらけだせっ! ということで、何も身に着けておりません」


「あー……。そうなんだ。うん」


 それ以上、何も言えなかった。


 全裸の理由は、分かった。


 頭で理解はしたけど、納得は出来ん。


 だって、おかしいじゃん、全裸。


 全裸執事達の後ろから、一歩引いたとこに立っている加藤先生が、静かに口を開く。


「どうです? 遺産を相続されるお気持ちは、固まりましたか?」


「なんで?」


 クイズ王のように、めちゃくちゃ早く、ベッドから起き上がって聞き返した。

 

 口元を吊り上げて、加藤先生は口だけ薄く笑いの形を作る。


「今、遺産を相続されれば、もれなく一生涯いっしょうがいの安心が保障ほしょうされます」


「そんな、保険の宣伝文句みたいに……」


 俺が気のない声で返すと、加藤先生は少しテンションを上げる。


「さらに、これだけの豪邸と使用人付きです」


「まぁ、めったにありませんよね、ホワイトハウス並の豪邸なんて。しかも、全裸執事付き」


 弁護士先生も、おかしいと思わないの?


 執事が、全裸なんだよ?


 なんで、誰も指摘してきしないの? 全裸。


 ここだけ、異世界なの?


 俺、いつの間に異世界転生した?


 この世界線では、全裸が常識なの?


 もう、意味分からん。


 顔を引きつらせて、俺が乾いた声で笑うと、加藤先生は畳み掛けるように続ける。


「これだけの好条件が揃っていて、何が不服なんですか? こんなシンデレラストーリー、そうそうありませんよ?」


 口元からスッと笑みが消えて、名状しがたい負のオーラのようなものが、加藤先生から漂う。


 不健康な青白い顔をした加藤先生が、負のオーラをまとうと、ハンパなく怖い。


「言うまでもなく、相続しないなんてあり得ませんよね?」


「いやいや、不服とかそういう問題じゃなくてですね。何だか急な話で、現実味リアリティがなくて、信じられないんすよ……」


 加藤先生の恐ろしい雰囲気に、俺はたじろぎながら答えた。


 小さく「ふむ」言うと、加藤先生はスーツの内ポケットから、黒い皮張りの手帳を取り出す。


「なるほど。『現実味リアリティがない』ですか。では、現実味のある話をしましょう」


 手帳を開くと、加藤先生が淡々たんたんと読み上げる。


「このたび、川崎さんが相続される遺産は、ざっと見積もって8兆円ちょうえん


「兆……っ?」


 桁外けたはずれの額に、俺は意識が遠くなりかけた。


 それだけあったら、何が買えるの?


 うめぇ棒、何本買える計算?


 銀行に預けておけば、預金利息よきんりそくだけで一生食っていける。


 いや、一生かかっても使い切れない。


 むしろ、何を買ったら使い切れるんだ?


 混乱する俺を置き去りにして、加藤先生は話を続ける。


「さらに、この豪邸と敷地、美術品、車、ミッチェル氏が運用していた株、その他もろもろ、全て相続されることになっています」


 聞けば聞くほど、現実味がなくなっていく気がする。


 なんて大変なものを、俺に相続してくれてんだ。


 そんなデッカいもん背負わせられたら、俺の人生がまるっと変わっちまう。


 貧困層だった俺が、急に大資産家に成り上がる。


 そりゃ、金があるに越したことはねぇけどさ。


 だからって、ありすぎるのも問題だ。


 自分の器に入りきらない資産なんて、持て余すに決まっている。


 今までのちょっと足りないくらいの生活で、それなりに幸せだったのに。


 なんてことしてくれるんだ、ミッチェルめっ!


 かといって、辞退じたいすることも許されない。


「辞退したい」などと言おうもんなら、弁護士先生がなんて言うか。


 あの人、一生付きまとってでも、俺に相続させようと迫るに違いない。


 あんな死神みたいな色白魔人に、一生付きまとわれるなんて絶対にごめんだ。


 毎日毎日「相続相続」と、呪文のように唱えられたら、精神病むわ。


 今夜にでも、夢に見そうだ。


 相続を断った場合、謎の犯罪組織「Great Old Onesグレートオールドワン」に寄贈きぞうすることになる。


偉大なる古きものグレートオールドワン」が、何をたくらんでいるかは、分からない。


 だが、それだけの活動資金を得たら、何をしでかすか。


 もはや、この国の命運は、俺に掛かっていると言っても過言ではない。


 もしかすると、相続することによって、「Great Old Onesグレートオールドワン」に命を狙われるかもしれない。


「お前が辞退さえすれば、全て我らのものだったのにっ!」とか何とか、逆恨みされるかもしれない。


 相続しても地獄。


 しなくても地獄。


 どうあがいても地獄。

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