#JAZZが聴きたくなる青春小説
金燈スピカ
前編
宮崎拓真は、今日も会うなり土下座してきた。
「お願いします!」
彼はそれが教室だろうと廊下だろうとお構いなしだ、今日は音楽室に行こうとした渡り廊下だった。髪を短く刈り込んだ頭を床に擦り付けて、馬鹿でかい声を張り上げる。そうすると彼の友達も私の友達も歓声を上げ、目をキラキラさせて私を見る。私は見えない何かに圧されて後ずさり、教科書をぎゅっと抱きすくめた。
「無理です」
「そこを何とか!」
はっきり断ったのに食い気味に被せてきて、周りだけ更に盛り上がる。
「加納さんしかいないんです!」
「だから無理!」
顔が熱くなり、いたたまれなくなって私は走り出した。友達はきゃあきゃあ言いながらついてくる。
「お願いしまーす!」
学校中に響くんじゃないかって大声が私の背中に被さり、恥ずかしくて涙が出そうだ。
「美紀、何で断るの」
音楽室で席についてすぐ、晴菜がニヤニヤしながら私の脇腹を小突く。
「いいじゃん宮崎くん、試しに付き合ってみなよ」
「いや、だから、あれは告白じゃなくて」
「美紀しかいないとか、告白みたいなもんじゃん」
「だから違うって……」
「えーじゃあ何なの?」
「…………」
口をつぐんだ私に、晴菜はやっぱり告白じゃん、とニヤニヤして、授業中ずっと他の子とその話ばかりしていた。
あれは断じて告白なんかじゃない。最初はクラスの男子からの伝言で、話があるからと放課後に呼び出された。そこでことのあらましを聞いて、私には無理ときっぱり断ったのに、宮崎くんは諦めが悪い。何度も伝言をもらって、最初は行くだけ行って断っていたけど、面倒になって無視したら、会うなり土下座攻撃に切り替わったのだ。やめて欲しいのに、毎日毎日、本当恥ずかしい。
授業が終わって教室に戻る頃には、友達は宮崎くんのことは忘れたみたいだった。放課後どこに行くかなんて話で盛り上がったが、私はペンケースを忘れたのに気がついた。宮崎くんのことでモヤモヤしていたせいだ。友達に先に戻ってもらい、一人音楽室に戻る。
誰もいないはずの音楽室から、ピアノの音がする。
授業でやるような曲じゃない。よく聞く有名なピアノ曲でもない。ポロンポロンと転がるようなメロディに、スキップするような伴奏。これはジャズだ。嫌な予感がしたが、ペンケースがないと次の授業で困る。しかめっ面で教室に入ると、予想通り宮崎くんがピアノを弾いていた。私をみるとニカッと笑ったが、ピアノを弾く手は止めない。更には弾きながら歌い始めた。
「ゆぅー、まーてぃじ、えーとれぃんー」
ピアノは上手なのに、歌も英語も乱暴で下手くそで聞いてられない。私は自分が座っていた席まで急いで行き、机の中からペンケースを救出した。
「いぅゆぅー、みーじ、えーとれぃんー」
柔らかなピアノの音に、調子っぱずれな宮崎くんの声。これなら歌わない方がマシだ。そんな下手な歌を私に聞かせないで欲しい。イライラと机の間を歩いていると、宮崎くんは更にニヤッと笑った。
「おれーは、うたがへたー」
今度は日本語だ。
「だかーら、きみ、うたってー」
「…………」
「ゆぅー、もう、うた、えるね?」
宮崎くんの下手な歌が消えて、綺麗な伴奏だけになった。足を止めてしまっていた自分に気がつくと、真っ直ぐ見つめてくる宮崎くんの視線から逃れられなくなってしまった。
この曲は有名なジャズナンバー、「A列車で行こう」だ。パパは車でジャズを流すのが好きで、私もいつの間にかいくつか覚えた。女の人の艶やかな歌声が素敵な曲だった。宮崎くんの歌とは似ても似つかない。もっと抑揚をつけて──
「~~~、……~~~、’A’ Train……♪」
呟いた。呟いてしまった。
宮崎くんの顔がパッと輝く。私は全身がカッと熱くなり、音楽室から逃げ出した。心地よいピアノの音色が名残惜しげに私を追いかけてくるみたいだ。
【合唱のアルトソロ、最高でした!】
走りながら、最初に会った時の言葉が蘇る。
【文化祭で、俺の伴奏でジャズ歌ってください!】
「無理だよ……」
答えは今も同じはずなのに、私の胸はいつまでもドキドキしていた。
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