第3話 謎の女【1】
新城堂は、グループ全体の定時が18時に統一されている。会社全体で残業は少ない方だが、海外との連絡が必要で遅くなる部署はフレックスタイムを採用している。
だが社長の暁には定時なんてものは存在せず、毎日遅くまで残って仕事をしている。しかも、社長室のある最上階から地下駐車場まで、直通の専用エレベーターがあるのであまり社員の前に姿を現さない。
今日のように、外出先から戻ってくる時にエントランスを通るだけで注目を浴びるくらい珍しいのだ。
「駿、もうすぐで定時だ」
「はあ⁈定時⁇」
駿が驚くのも無理はない。定時を意識したことも、定時に帰ったこともないのだから……。
「ああ。ちょっと行ってくる」
「どこへ?」
「芹のところ」
「……。はい⁈おまえ何言ってんだ?」
「だから、芹を捕まえる」
「どうやって?」
「女子ロッカーのある5階の廊下で待ち伏せしたいところだが、流石にちょっとマズイよな……」
「当たり前だ!社長自らストーカーにでもなるつもりか?」
暁の非常識な発言に駿は素になっている。
「しょうがない。エントランスで待つか」
「正気ですか?社長がエントランスで退社する社員を見ているなんて前代未聞です。不審に思われたらどう言い訳するんですか。他の方法を考えましょう」
「待てない。直ぐに捕まえたい。端の方で目立たないようにしてたら誰も気づかないだろう」
「……。なわけあるか」
「とにかく行ってくる。あとは頼んだ」
「はあ?俺も行く」
「お前といたら目立つ」
駿が居ようと居まいと、暁ひとりで目立つのだ。言い聞かせてやりたいが、時すでに遅し。もう社長室を出ようとしている。
「ちょっ、暁」
慌てて止めるが、振り向くことなく行ってしまった。こんなになにかに必死になる暁は見たことがない。しかも今回は女性に対して必死になっているのだ。全く理解が追いつかない。
駿は、とっさにどうするべきか悩み連絡を入れる。
「はい」
「名取さん、稗田です」
「またなにかありましたか?」
またと言われても仕方がない。本日は二度目なのだから……?
「それが、社長が成宮さんを捕まえると、エントランスへ向かいまして……」
「えっ⁈」
「止めたんですが、まったく聞く耳持たず社長室を出て行きました」
「すみません。今は社長とか立場関係なく、いつもの友人としてひと言言わせて下さい」
「どうぞ」
「あいつは、バカなのか?」
「ですね。昔からこうと思ったら突っ走るところは変わらないですが、なんせ女性には全く興味がなかったんで。こんなことになるとは」
「「はぁ……」」
ふたりして思わずため息が漏れてしまう。
「ちなみに、成宮さんはもうすぐ定時ですが、仕事はどんなご様子で」
「特に、社内でのトラブルの報告もないので、彼女のことだからきっちり終わらせて定時に帰ると思いますよ」
「そうですか」
「どうします?我々も向かいますか?」
「退社のラッシュが過ぎてから様子を見にいきましょう」
「わかりました。では後ほど」
一旦会話が終了した。
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