第46話 踏み込んではいけない

 なんとなく肩を回して体を伸ばす私に、柊一さんが言う。


「体痛い? あんまりいい布団じゃないからね。ごめんね」


「い、いえ全然大丈夫です!」


「さて、袴田家にも話を聞いてみて、もしそこも何も起こってないようだったら、確実に三石さんたちに何か原因があるんだと思う。霊が好んで集まっているとしたら、その理由を知っておくと除霊するときもやりやすくなることもあるし、重要な情報だと思うんだ」


「なるほど……」


「でも全然予想がつかないんだよなあ……こんなパターン初めて」


 困ったように言った柊一さんに、私はふと疑問を投げかけた。


「今まで、一体いくつぐらいの事件と向き合ってきたんですか?」


「さあねえ……多すぎて忘れちゃったよ。社会に出てからすぐ暁人と始めたんだ」


「長いんですね。暁人さんとは幼馴染、って言ってましたよね?」


「そうだね、幼馴染というか家族というか、そんな感じ」


 どこか含みのある言い方だったが、これ以上追及しない方がいい気がして黙った。柊一さんと暁人さんって、掴めないというか、ちょっとミステリアスなところがある。二人とも凄くいい人でかっこいいのに、こんな変わった仕事もしてるし、なぞは多い。


「暁人さんはどんな子供だったんですか?」


 話題を変えるために、明るくそう聞いてみた。柊一さんは少し笑う。


「今と変わんないよ。世話焼きで口うるさくて、姑みたい」


「あは、姑!」


「子供のころからそうだったよ。まあ、僕が周りとかなり違って変わった人間だったから、暁人を世話焼きにさせた原因かもしれない」


 今も柊一さんは、起きるのが苦手だったり天然だったり、あまり生活力が高いようには見えない。ただ、彼の言い方はただ生活力の低さだけではないように聞こえた。


 私はつい、訊いてしまう。


「変わってたんですか? 柊一さん、ちょっとは変わってると思いますけど、優しくていい人じゃないですか」


「はは」


 小さく笑った。私から目をそらし、窓の外を眺める。


「全然優しくないしいい人じゃないよ。遥さんからそう見えるってことは、遥さんが優しくていい人だからだよ。僕の苦痛を和らげるために、こんな仕事を引き受けてくれたんだから」


 その言い方は、どこか切ない。


 普段の明るくて天然な柊一さんとはどこか違う気がした。ああ、壁を感じる。彼らには、私には到底言えない苦悩がありそうだと感じた。そう感じたのは初めてのことではない。知り合って間もないのだから当然と言えば当然なのだが、どこか寂しく思う自分がいた。


「そ、それはほら、謝礼に惹かれたって」


「はは。それもあると思うけどねー。でも、いくらお金がもらえるって言っても、普通断るとこんな仕事。特に……僕が食べるシーンを見た後なら」


 廃ホテルで見たシーンを思い出す。柊一さんが霊を食べる様子は、確かにどこかおぞましくて動けなくなったぐらいだった。震えて言葉も出なかったので、戸惑わなかったと言えばうそになる。


 でも、私はきっぱり言った。


「言ったはずですよ。ちょっとは怖かったけど、あんなふうに出来る柊一さんを凄いと尊敬したんです。柊一さん本人は凄く苦しいから心配でもありますけど……誰かが怖いとか言ったんですか? だとしたら気にしなくていいです。人の感じ方なんてそれぞれです。ほら、私はバッタが怖いと思うんですけど、友達は可愛いって言うんですよ。そういうことです」


 良いことを言ったかもしれない、と自画自賛しながら堂々と言うと、柊一さんが噴出して笑った。大きな笑い声が閑散とした部屋に響く。


「ここでバッタが出てくるなんて、面白いなあ!」


「え、そ、そうですか? いい例えかと思ったんですけど……上手く言えなくてすみません」


「ううん、凄く嬉しいよ。遥さんみたいな人は確かにいる。希少だけどね。昔、君みたいな人と会ったことがあるよ。その人がいなければ、僕は歪んだままだったし、暁人と共に路頭に迷ったままだった……この仕事を始めるきっかけになった人なんだよ」


「なるほど、そうやって紹介してくれた人がいるから、このお仕事を始めたんですね! 今その人はどうしてるんですか?」


 私が尋ねると、ふと柊一さんの目に不思議な色が宿った。見ているこっちがどきりとしてしまう、それぐらい切ない色だった。


 あ……聞いてはいけないことを聞いてしまったのかも。


 瞬時にそう後悔したが、もう遅い。出してしまった言葉を引っ込めることも出来ず、ただ黙って沈黙を流した。


 柊一さんが微笑む。


「今は全然会えないんだ。仕事で遠くに行っちゃって……連絡も取れない。会いたいんだけどね」


「あ、そうなんですか……」


「ほんと、会いたいんだけどね」


 繰り返しそう言った言葉を聞いて、ああ彼にとって本当に大切な人なのだと痛感した。どんな人だったんですか、と聞こうとして、さすがにやめた。


 私が踏み込んではいけないラインがあるーーそう自覚したから。

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