第11話 廃ホテルへ
その時、仲のいい二人を見てふと思う。幼馴染と言っていたけれど、本当にいいコンビだと思っている。まだ短時間だが、柊一さんがフワフワとした不思議な人で、それを注意してみているのが暁人さん、という感じだ。
もしかして、仕事上だけじゃなくて、私生活でもパートナーなのでは?
さっきカフェで食事をしていた時も、柊一さんの袖にハンバーグのソースが付きそうだから気をつけろだとか、食べた直後眠そうにしてる柊一さんを呆れながら起こしたりだとか、かなり彼を理解している感じがした。息もぴったり。
……そうかもしれない! 私は心の中でそう一人思う。
だから柊一さんが辛そうにしてると暁人さんも辛そうなのかも。二人には入り込めない絆があるのかもしれない。こんなかっこいい二人の仲なんて、応援しないわけがない。
「遥さんどうしたの? 一人で百面相してる」
「ひえ!? い、いえ、ちょっと考えことです!」
「そ? 嫌になったらいつでも言ってね」
柊一さんはそう優しく言った。私は必死に自分を落ち着かせ、話をもとに戻す。
「えっとじゃあ、幽霊がいない可能性もあるんですね?」
暁人さんが答える。
「まあ、テレビ番組で使われるほど噂がある場所なら、何かしらいるとは思います。ただ、それが悪霊かどうかは分かりません。そこまで強くない相手なら、何もせず帰ることもあります。ただ、初めに言っておきますが、そのホテルでは昔殺人事件が起きています」
どきりとした。一気に現実に引き戻された気がする。
暁人さんは前方から視線は外さないまま、私に何か紙を差し出した。受け取って覗き込む。
『T市にある廃ホテルについて』……
そのホテルについてまとめられた資料のようだった。私は目を通していく。柊一さんはすでに読んだ後なのか、こちらには目もくれず説明をし出した。
「よくある話だよ。ホテルの近くで人魂を見ただとか、中に肝試しで入った若者が発狂して出てきただとか、夜中になると男の唸り声が聞こえるだとか。これ全部噂ね。それで周りからは恐れられている」
「まあ、確かによくある話ですね。廃ホテルってだけで、人間は恐怖心を煽られますし」
「その通りなんだ。誰かが言い出すと、聞いていた人間が面白おかしく話を膨らませて、また誰かに話す。そうやって噂だけ大きくなってしまう例は多くあるよ」
「でも、この記事……」
一枚めくると、何やら古い新聞記事のようなものが張り付けてあった。日付を見ると、なんと三十年前だ。
かなり小さな記事だ。目を凝らしてみると、『ホテルの中で男女の遺体発見 無理心中か』と書いてある。
暁人さんがため息をつきながら言った。
「記事にあるように、そこでは殺人事件が起きています。だが、もう三十年も前のこと。昔すぎるし、当時他に大きな事件があったらしく、そっちに報道が偏ったみたいで、記事はそこにある小さなものしか残っていません。まあ、犯人が逃亡してるとかならともかく、死亡が確認されてる事件ですからね」
私は粗い新聞の文字を読んでみる。内容も実に簡素なものしか書かれていない。
ホテルで男女二人の遺体が発見された。身元もすぐに割れたそうで、大塚佳子さん(24)、西雄一郎さん(25)と判明している。どうやら刺殺だったようだ。状況的に見て、無理心中とみて警察は捜査している、と書かれていた。
「刺殺、ですか……血だらけだったってことですね」
ぞくりと背筋に寒気が走る。柊一さんが頷いた。
「そうなるね。それ以外の記事は探したけど見つからなかった。三十年も前だから、ネットで検索しても載ってないしね」
「二人が発見されたのが、今から行くホテルということですね?」
暁人さんが答える。
「はい。その事件があったあと、当然ながらホテルは経営が悪化。それでもしばらくは頑張って経営してたみたいですが、数年後に廃業しています」
そして取り壊されることもなく今に至る、ということか。廃業して二十五年近くは放置されていることになる。かなり状態も古いホテルだろう。一体どんな姿なのだろう、と不安が増す。
さらに資料をめくってみると、記事にはない情報が羅列されていた。『取り壊そうとしてけが人が出た』……『現場は三階一番奥の部屋』……
柊一さんが隣から覗き込んでくる。やや近い距離に彼の顔があり、少し緊張した。
「これは、噂ね。このホテルにまつわるもので、事実確認はできていないけど、このホテルを知る人たちがこう言っていた、っていう情報」
「なるほど。事実かどうかまでは分からない情報ってことですね」
言いながら文章を読んでいると、被害者の人たちについても書かれていた。『二人は付き合っていたわけではなく、片思いをこじらせストーカー化し、無理心中させられた』
柊一さんが少し低い声で言った。
「あの記事の後に続報はないから、警察がどう調査をしたかはさすがに分からないけど、この噂はちょっと気になる話だよね」
「ストーカーですか……」
私は眉を顰めた。好きな相手に付きまとい、嫌がらせをしたりするストーカーという行為は、今も溢れている。それがエスカレートした後、相手に殺害されるという事件も、頻繁に目にすることがある。警察に相談に行っていても、完全に防ぐことは難しいのだろう。
暁人さんもやや厳しい声を出した。
「ストーカーという行為が問題視され、法律化したのは2000年のことです。その事件があったころは、まだストーカー規制法はなかったですし、一人で悩むしかなかった時代でもあります。決して警察が悪いわけではなく、法律がなければ動けなかったのでね」
「許せない」
自分の口からつい言葉が漏れた。女性は腕力では圧倒的に男性に適わない。だからこそ男性相手に恐怖を感じることもあるし、日々神経を張って生活している。どこに誰がいるか分からない、と誰しもが警戒しているからだ。
そんな相手に目をつけられ、ストーキングされ、刃物まで取り出されてしまったら。かなうわけがないし、どれほど怖かっただろう。
そのあと、犯人も後を追って死んでしまっては、罪を償なわせることすらできていない。
柊一さんが私を心配するように言った。
「まあ、噂だから。とはいえ、無理心中があったのは事実なんだけどね……大丈夫?」
「あ、すみません、大丈夫です」
「ストーカーの話は置いといて。無理心中があったとなれば、殺された方は無念だったろうなと思うよね。そういう霊があそこで彷徨っているとしても何ら不思議じゃない」
「そうですね。二人の関係性は確かな情報がないですけど、どっちみち殺されたってことには変わりありませんもんね。可哀そう」
そう呟いた時、暁人さんが『そろそろだ』と一人呟いた。窓の外を眺めてみると、真っ暗な夜の道に言葉を失くしてしまった。
あまり舗装もされていない細い道を走っていた。車二台すれ違うのがギリギリなくらいだ。街灯らしきものも一切なく、車のヘッドライトだけが道を照らしている。両脇は生い茂った木々が道を覆っており、不気味さを醸し出していた。
「こ、こんな場所にですか……?」
呆然として呟いたが、確かにテレビで見る心霊スポットは、こうやって人気のない場所にひっそりとある物ばかり紹介されているように思う。そりゃ、心霊番組として雰囲気出したいから、あえて選んでるんだろうなあ。
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