第10話 天然は自分の事を天然じゃないと言う
ゆっくりとデザートまで堪能し、ちゃっかりおごってもらった後、私たちは暁人さんが運転する車に乗り込んだ。
時刻はいつの間にか19時になっていた。食事をしながらお互いを知るために会話を重ねていたので、あっという間に時間は過ぎていた。
話によると、二人は私より一つ年上の二十六歳ということだった。どうやら幼馴染らしく、かなり古い付き合いだそう。確かに息がぴったりだもんなあ、と感心した。
二人組で除霊を仕事にしているそうだが、依頼はひっきりなしに来ると言っていた。柊一さんがあのアパートに帰らない日が多いのは、調査で泊まり込みをしているからだそうだ。あとは、一人暮らしをしている暁人さんの元に泊まり込むことも多いらしい。
以前見かけた時、足を引きずっていたのは、やはり悪霊を食べた直後だったという。そこまで強くない悪霊だったから意識もあり、一人で帰宅出来たものの、体が思うように動かず、足を引きずって帰宅したんだとか。私はちょうどそのシーンを目撃していたのだ。
聞けば聞くほど特殊な人たちだ。今まで普通の世界でしか生きてこなかった自分が聞くには、あまりに刺激が強すぎる。
「でも、今日は泊まり込みこみはしないから安心してね」
隣で柊一さんが言った。
車を走らせること三十分と少し。穏やかな雑談をしながら、本日の行き先について聞いていた。先ほど柊一さんが『調査で泊まり込みになることもある』と言っていたので、もし今日もそうなればさすがに準備がないと焦っていたのだが、彼はあっさり否定した。
私は聞き返す。
「今日はないんですか?」
「うん、だって場所が泊まり込める場所じゃないもん」
「どこに向かってるんですか?」
私が尋ねると、バックミラー越しに暁人さんがこちらを見た。そして答える。
「廃ホテルです」
「廃ホテル……」
聞いた途端、やはり今日は見送った方がよかったんじゃないか、と後悔した。廃業したホテルや病院などは、心霊スポットとして真っ先に思い浮かぶ場所である。曰くがある場所という覚悟はしていたものの、まさか廃墟にいくとは。
顔を青くしてしまった私に気付き、暁人さんがハンドルを操作しながら言う。
「やはり初めての場所としては刺激が強いのでは。すみません、初めに言っておけばよかったかも」
「い、いえ……大丈夫です」
もうそこに向かっているのだから、今更引き下がれまい。私は無理矢理笑って見せた。
暁人さんが続ける。
「ただ、場所は雰囲気がありますが、今日は悪霊がいない可能性も高いんです」
「と、いいますと?」
「依頼主はテレビ局です。心霊スポットとして地元では有名な場所ですが、あくまで噂。そこに企画として芸能人が入るそうなんです」
「ああ、よくある心霊番組ですね」
寒くなってきた今は季節外れともいえる心霊番組。主に夏に放送されることが多い。内容としては、心霊写真の特集をしたりだとか、曰くのある人形を紹介するだとか、あとは幽霊が出ると噂される場所に芸能人が調査に行く。私もよく家で見ては、ゾクゾクわくわくしたものだ。
が、正直なことを言うと、心霊番組で紹介される全てが本物だとは思っていない。中には故意に作られたものや、たまたまそうなってしまったものなどが多いと思っている。
暁人さんが続ける。
「そこで、中に入る芸能人に危害を及ぼすような悪霊がいないかどうか、調べてほしいという依頼です。稀にこういう依頼があります」
「え、あらかじめ調査してから入るんですか!?」
そんなのは初耳だ。隣の柊一さんが説明を引き継ぐ。
「全部の番組がそうってわけじゃないよ。今回依頼してきたテレビ局は、ずっと前企画で中に入った芸能人が、なーんかやばい目に遭っちゃったんだって。それから、こっそり調査してから撮影することになったんだって」
「金もかかるので、基本的に他のテレビ局はしてないと思います。幽霊がいるかいないか、ではなく、人に危害を及ぼすような悪霊がいないかの調査です。本当の恐怖体験になってしまっては、放送も出来なくなるし損する部分が多いですから」
初めて聞いた話に唸る。でもまあ、簡単に言えば安全確認なんだろう。何もせずにタレントを心霊スポットに放り投げるより、ずっと安全だし真面目な気がした。
「なるほど、それで見に行くんですね」
「そうです。今日あえて夜を選んだのも、撮影する時間が夜だからです。同じ条件で見ておかねばなりませんから」
「じゃあ、普段は昼に調査することも多いんですか」
「もちろんです。それと、どんな霊がいるかは分からないので、井上さんの出番がないこともあります」
一瞬意味が分からずきょとん、としてしまうが、少しして理解が追い付いた。
柊一さんが相手にするのは、力の強い悪霊だ。そのほかは暁人さんが祓うという。もし今日行く廃ホテルに悪霊がいなければ、柊一さんの出番はないのだ。そうなると、もちろん私もやることなし。
そうか……同行したとしても、私の仕事がないパターンもあるのか。
「悪霊って、やっぱり見ただけで分かるんですか?」
尋ねると、柊一さんが考えながら言う。
「んー厳密に言うと、見ただけで分かるときもあれば、そうじゃないときもある。一目でヤバイな、って感じるものもいるよ、そういうのはもはや人間の頃の面影が残ってない」
どんな形をしているんだろう……。
「でもすぐに判断がつかないこともある。霊にも個性があってね、本性を故意に隠してるやつがいたり、力は強いのに別に人に危害を与えようとは思ってなかったり、とにかく色々いるんだよ」
「難しいですね。こういう世界の話は聞いたことがないので、よくわかりません」
柊一さんが頷く。
「普通に生きてたらないよね。とにかく、僕たちから離れず、無理だと思ったらすぐに言うこと。それが遥さんのお仕事だよ」
まるで子供に言い聞かせるように言ってくる柊一さんに、頷いて見せた。暁人さんがバックミラー越しに、珍しい物を見る目で柊一さんを眺める。
「柊一がずいぶんしっかりして見えるな。普段からそうシャキッとしててほしいもんだよ」
「僕は普段からしゃきっとしてる」
「どこがだよ。多分お前の天然ぶりは井上さんも気づいてる」
「天然じゃない」
「天然だ」
柊一さんが口をとがらせている。それを横から、瞬きもせずに唖然として見つめた。か、可愛い。何だこの生き物は!
いったん彼から視線を外して、自分を戒める。落ち着け、私は決して下心があって仕事の手伝いを言い出したわけではない。あまりに興奮していたら怪しまれてしまう。
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