シネスシージア
BISMARC
第1話
私には生まれつき、ひとの嘘を見破る能力がある。
誰かが嘘をついているのを聞けば、口の中が苦い味でいっぱいになる。
真実の言葉であれば、甘い味が満ちる。
言葉を聞いて味を感じるのは私にとって当たり前のことなので、誰もが同じように感じているのだと思っていた。
言葉を聞いて味を感じない人もいる、むしろそのほうが普通なのだと知ったのは、いつのことだろう。
「なに、おかしなこと言ってるの?」
「バカなことを言うのはやめなさい」
何度も母親に注意されたが、おかしなことを言っているのは母のほうだと信じて疑わなかった。
「ねえ、パパ? もえ、パパのことだーい好き」
幼い頃、私は父の膝に乗って甘えるのが好きだった。
「パパも萌ちゃんのこと、大好きだよ」
目じりに少ししわを寄せて、父はそれは嬉しそうに笑った。
父に頭を撫でてもらうのも好きだったが、父の言葉を聞くのと同時に口の中いっぱいに広がる味が、なによりも好きだった。
濃厚なたっぷりとした甘さでありながら、とてもとても優しい味。
私が母より父のほうが好きだったのは、父の言葉はいつも甘かったからだろう。
一方で、母親の言葉を聞いて甘く感じた記憶はあまりない。
だがある時、いつも甘いはずの父の言葉を聞いた途端、とてつもない苦みが口の中を満たした。
「パパ、うそついてる」
私が言うと、父は慌てた。
「な…なに言ってるんだ、萌。パパが嘘なんてつくはずが――」
「やっぱり、出張なんて嘘なのね?」
「君までなにを言いだすんだ? 嘘だと思うなら、会社に確認――」
「その手には乗らないわ。会社の部下と不倫してるんでしょ? 会社の連中もみんなグルだって、知ってるのよ」
両親がなにか言うたびに私の口の中はどんどん苦くなり、耐えられずに私は自分の部屋に逃げ込んだ。
二か月後、両親は離婚した。
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