第34話 責任
俺は、二人にプラタとの会話を全て話した。
そして――。
「なんでそこまで肩を持つんだよ。それに、自分ごとってありえないだろ」
「ルージュの言う通り。訳が分からないわ」
二人の主張は最もだ。
だが俺はプラタがどうしても嘘をついているようにも思えなかった。
いや、それ以上に境遇が俺と似ているからだろう。
他人事とは思えない。彼女の痛みが、自分のことのように突き刺さる。
俺はプラタにゆっくりと近づく。
「頼む。ミリシア」
俺は、本気だと言わんばかりに近づいて魔結界を解いた。
プラタは動かない。
そして――ミリシアが静かに魔結界で俺たちを覆った。
「……クライン、私の為にありがとう」
「感謝はしなくていい。プラタ、君が魔人の手先だとわかったら、容赦はしない」
「もちろん。その時は、私を――殺して」
プラタの真剣な瞳が、心に突き刺さる。
「ミリシア、記憶回帰の魔法をしているときは意識が失うんだよな?」
「そうだと……思う」
「わかった。ルージュ、俺たちが
「……マジかよ」
彼女が魔人の手下なら、問答無用で殺す。
たとえこの身を犠牲にしてでもだ。
「プラタ、俺の魔力を貸す。君ならすぐに覚えられるはずだ」
「……ありがとうクライン」
「礼はいらない。君が魔人の手先なら殺すまでだ」
そしてプラタは、禁忌魔法本の中をじっくりと視る。
その時、闇の力を感じた。
そうか
おそらく無意識だろう。その魔力に、ルージュがピクリと反応したが、俺が手を突き出して制止した。
ほどなくして魔法本がパァッと光る。
習得した証拠だ。
プラタは俺の瞳を見る。
頷いて、彼女は詠唱しはじめる。
『――
その直後、俺は、俺たちは意識を失った。
◆
まどろみの中、目を開ける。
すると、そこにはプラタの両親と思える二人がいた。
俺は赤ちゃんだ。いや、プラタなのだ。
なんだか懐かしく思える。
『あなた、こっちを見たわよ』
『プラタ、ほらパパだぞ』
幸せそうな声だ。
俺も、プラタが笑っている。
それからすぐに時間が飛ぶ。
次はよちよちと歩いている
母親の元に一生懸命だ。
自立できるようになったのだろう。
嬉しそうに笑っている。
俺も、プラタも嬉しい。
更に時間が飛ぶ。
幸せそうな食卓。
また飛ぶ。
焦った両親の姿だった。
プラタは三歳か四歳だ。
『西門が壊滅した。東も北も南もだ』
『そんな……』
『……プラタだけは、何としてもプラタだけは』
『あなた……私たちで、プラタを守りましょう』
『……わかってるのか?』
『当り前よ。プラタは、私たちの希望だわ。それにあなたと一緒なら、私は――怖くない』
そういってプラタの両親は強く抱き合った。
直後、プラタを抱きかかえる。
『プラタ、一人にさせてしまうが、元気でな』
『成長をみとどけれなくてごめんなさい』
『ぱぱ、まま、こわい、こわいよ』
何を、何をするんだ……?
二人は、プラタに手をかざす。
『記憶は消そう。プラタに悲しい記憶を残したくない』
『そうね……元気でね。あなた……魔人の声がするわ』
『ああ――プラタ、幸せになってくれ』
『ぱぱ、まま、なになにするの』
体がポカポカしはじめる。
両親二人の姿が、光って、黒くなる。
これは――さっきの魔法本のエフェクトと同じだ。
つまり、禁忌魔法を詠唱したことになる。
その直後、二人は倒れる。
……どういうことだ――。
後ろから魔人の声がする。
『ほう、
そして、魔人は息絶える。
その瞬間、俺は記憶を失った。
心の奥に、熱い闇を感じる。
いや、取り込んだのだ。
これで全てを理解した。
プラタは魔人の手先なんかじゃない。
そして彼女の両親は、娘を守る為、命を代償に守護魔法を付与した。
おそらく禁忌魔法だ。詳しい術式はわからないが、攻撃を犯そうとした相手を取り込む能力だろう。
だからプラタは闇が使える。
記憶がないのは、彼女に悲しい思いをさせたくないと思った両親の最後の優しさ
……これこそが『生き残りの魔女』プラタの真実だったのだ。
まどろみ中、ふたたびプラタの記憶が流れ込んでくる。
記憶は当然ない。
ただ自闇魔法が使えるだけの少女だ。
生き残った後、魔人の手先だろうと兵士から糾弾される記憶。
牢屋に入れられることもあった。虐められることが日常茶飯事だった。
両親を殺したんじゃないかと責められ、疎外され、孤独。
苦しかった、苦しくて、苦しくて、自分が何者かわからない。
怖い、誰にも頼れない。
辛い日々が続く。
だけど彼女は立ち上がった。
唯一残された闇魔法を手掛かりに真実を探す決意をした。
バカにされ、なじられ、それでも努力を続けた。
生来闇属性じゃないプラタが使いこなすには凄く時間がかかった。
眠ることも削って、毎日必死に努力した。
そして真実にも一歩辿り着いた。記憶回帰の魔法が、この王都にあることに。
それが現在。
そして俺は、俺とプラタは――ふたたびまどろもみの中に戻っていく。
目を覚ますと、俺たちは魔結界の中にいた。
「クライン、どうだった!? どうだったんだよ!?」
「答えて、彼女は――」
俺は、プラタを見つめた。
今体験したのは、記憶なんて生易しいもんなんてもんじゃない。
彼女の人生だ。
俺は、プラタと同じ時間を歩んだ。
プラタは涙を流していた。
自分が魔人の手先じゃなかったことよりも、両親が命をかけて自分を守ってくれたことが嬉しくて、そして悲しかったのだ。
それは俺も同じだった。
「プラタ、君は……1人じゃない。俺が、俺がいるよ」
「う、う、うわぁぁあああああああああああああああああああ」
気づけば彼女を抱きしめていた。
今までの過酷な彼女、孤独な彼女、プラタの心が痛いほどよくわかる。
「……どういうことだミリシア」
「わからない。でも――大丈夫みたい」
魔結界がふっと消える。
ルージュの指からも魔力が消えた。
プラタは涙を流しながら、ゆっくりと顔を見上げた。
「ありがとうクライン。自分のことがようやくわかった。これからは……どんな罰でも受けます」
「……ああ。でも、それを決めるのは俺じゃない。ルージュ、ミリシア、先生たちを呼んでくれ」
◇
翌日、ココア先生とルスティ先生が、俺を応接間に呼んだ。
中に入ると、先に座っていたのはプラタだ。
「クライン、座ってくれ」
禁忌魔法の術を使ったこと、無断で入室したことを伝えた。
だがそれは俺もだ。自分の判断で禁忌魔法を許可したとも。
俺は彼女の人生を共に歩んだのだ。
他人ごとじゃない。
「プラタ・リース」
「はい。私はどんな処罰でも受けます。でも、クライン君は――」
「一か月間、候補生としての給与ははなしだ。クライン、お前もだ」
「……え? それだけ……なのですか?」
ココア先生がそう言い放ち、隣のルスティ先生がやれやれという顔をした。
「今回の件は由々しき自体だ。――が、簡単に入室できるようになっていた俺たちにも原因がある。安心しろ。この件は上層部に話していない」
「……なぜですか?」
「魔人の手先ではないとわかった以上、宮廷魔法使いの候補生として残ってもらったほうが得だからだ。プラタを処罰するとなると、クライン、お前も同罪になるしな。今回の処罰は秘匿だ。くれぐれも他言するなよ」
俺とプラタは顔を見合わせた後、少しだけ頬が緩んだ。
だが、わからない。
悪しきものを見つけたら殺す、それこそが、宮廷付きのルールだ。
「失礼ながら、重ねて質問してもいいでしょうか」
「なんだ?」
「なぜ信じてもらえたのでしょうか」
俺の言葉に、ルスティがガハハと笑う。
「俺たちは宮廷結付きは人を殺す権限がある。それは知ってるな?」
「もちろんです」
「だが俺は――その逆もあると思ってる。そんなこと上は認めないが、そのくらいはあって当然だし、それを変えるつもりもない。けどなクライン。俺たちはお前が報告したことを信じた。だがそれはもちろん、今までのお前への信頼があったからだ。これからも自分に感謝し、そして励め。プラタ、いい仲間を持ったな」
俺は嬉しかった。
宮廷付きはただ人を殺すだけじゃなく、生かす判断も任されている。
その言葉が何よりも安心した。
プラタはふたたび涙を流していた。
彼女の目的は終わった。だが、新しい目標を見つけたのだ。
一か月間の給与無しの理由は、器物破損だと書かれていた。
少しだけ微笑みながら、偽造報告書にサインして外に出る。
プラタは、振り返ってから思い切り頭を下げた。
「本当にありがとう、クライン君」
「気にしないでくれ。ただ一緒に見ただけで俺は何もしてない」
「そんなことない。本当に嬉しかった。――私はこれからもっと王都に尽くしたい。だから、合格できるように頑張る」
「ああ、ライバルがより強くなりそうで困るな」
「ふふふ、それともう一つ」
そうプラタは頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべた。
「クライン君に好きになってもらえるように、頑張るよ。一緒に記憶回帰してわかった。私はあなたが好き。でも、あなたは私の事が好きじゃない」
「好き……え? え?」
「ありがとう。それじゃあ仲間にも報告してくるね。それじゃあ!」
とんでもない言葉を言い残し、彼女が去っていく。
……好きって……?
すると後ろから、ドンっと叩かれた。
「聞いてたぜ。良かったなあクライン」
「ありがとう。何とか首の皮繋がったよ」
だがミリシアは不満そうだ。
「ど、どうしたの?」
「……プラタさん、今なんかとんでもないこといってなかった? 好きって聞こえたような」
「き、気のせいじゃないかな?」
「ふうん、その割にはクライン、頬赤いよ?」
「好き!? どういうことだ!? 告白したのかクライン!?」
「ち、違うよ!? 向こうから」
「「向こうから?」」
「な何でもない」
これからもまた俺は候補生として訓練ができる。
嬉しいことだ。
だけどプラタ、アクリル、エウリだって落ちるかもしれない。
もしかしたら自らの手で落すかもしれない。
それでも、俺は絶対に合格する。
この世界に来た時、覚悟したからだ。
自分の幸せは、自分で掴むと。
だがそれよりも大切なものがある。
それは――。
「ルージュ、ミリシアありがとう。俺を信じてくれた君たちのおかげだ」
「はっ、ようやくわかったか。俺様の必要性を」
「あら、魔力探知したのは私とリリよ。あなたはずっと眠ってたじゃない」
「ば、ばかいうな! 俺は夢の中で特訓をだな!?」
「ふうん」
「おいクライン、何とかいってやってくれよ!」
「ミリシア、あまりルージュを虐めないでくれ。俺が悪いんだ」
「だったら、さっきプラタさんが何を言ってたのか教えてよ」
「ルージュ、虐められてくれ」
「お、おい!?」
家族、仲間とのかけがえのない時間だ。
これだけは、絶対に譲れない。
◇
クラインとプラタが去った後、ルスティがはぁとため息を吐く。
「しかし禁忌本が一冊無くなってたらマズいよなあ。バレたらどうするよココア」
「その時は私たちが責任を取ればいい。そもそも、厳重な警備ができていない王都に問題があるのは本当だからな」
「それもそうなんだが、できれば対策ぐらいは考えておきたいだろ」
「書写ができる魔術師に頼んでみたらどうだ? 依頼の工程で、少なくとも20の法は犯すが、クリアできればお咎めなしだ」
「……どっちもどっちだな。とりあえず俺の読みかけの本を偽造して入れておくか。ないよりはマシだろ」
「本? そんなもの読むのか?」
「当たり前だろ。ほら、みてみろよ」
ルスティが、半信半疑のココアに本を見せる。
そこには、美味しい卵焼きの作り方が書かれていた。
「……料理なんてするのか」
「最近ハマッてんだ。今度ご馳走してやろうか? 好きだっただろ? 卵料理」
「戦争でそれしかマシなものがなかっただけだ」
「ハッ、確かにな。あの頃に比べたら今は平和だ。けどま、候補生の奴らはあの時より熱いかもな」
「……ああ。特にクラインは優秀すぎる。自分の命を軽んじるところもあるのが心配だ」
「ほう、めずらしく認めてるのか」
「わかるだろ。特別だ」
「……だな。魔印五本の天才だと思ってたが、それ以上に頭のキレが段違いだな。魔獣もまだ発展途上であの強さだ。将来、世界を征服する力を手に入れそうだ」
「同感だ。とはいえまだまだ若い。私たちが導いてあげる必要がある」
「ハッ、ココア先生がめずらしくお熱だな」
「黙れ。だが贔屓はしない。ルスティ、お前もするなよ」
「当たり前だ。さて、最後にパッと読んでやることやるかね」
「で、いつ食べれるんだ?」
「? 何がだ?」
「卵料理だ」
「やっぱ好きじゃねえか」
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