第15話 覚醒

 扉をくぐるときは、何とも言えない感覚だった。

 服のままお風呂に入ったような。


 気持ち悪いような、でもなんか気持ちいいような。


 目を開けると、そこはまるで創作物のダンジョンだった。

 といっても、すごく広い。


 後ろを振り返ると、次々と子供たちが出てくる。


 こういうSF映画があった気もするが、今は現実だ。


 周囲は古い石でできたような感じで、黒く、それでいてなんだか異質だ。


 前は、驚きの光景が広がっていた。

 それに気づいたミリシアが、俺の手をぎゅっと握りしめる。


 そういえばずっと繋いだままだ。

 フェアのおかげだったことを、今さらながらに感謝する。


「ぐるぅ」

「ああ、いよいよ本番だ。――おもち、頑張ろうね」


 訓練中、おもちはずっと俺と頑張っていた。

 だがおもちは、驚くほど強かった。


 それを――見せる時がきた。


「よお、クライン」


 すると後ろから声を掛けられた。

 赤髪の、あの嫌味だった男の子、ルージュだ。


 それを見て俺は少しムッとなったが、すぐ頬が緩んでしまう。

 その理由は――。


「ふふふ、可愛いリスさんだね」

「なっ!? 俺のポリンはこう見えてもすごくてなあ!?」


 肩に乗っている小さなリスのせいだ。

 魔獣持ちは知らなかった。いや、あの時はなかったはずだ。

 俺たちはまだほんの子供、後天的に授かる場合も少なからずあるとリルドが言っていた。


 けど、なんだ?


 途端にもじもじしはじめて――。


「……この前は、悪かった」


 俺は、その態度に衝撃を覚えた。


 今まで人は変われないと思っていた。

 悪い奴は最低で、最低な奴は悪くて。


 元の世界を思い出していたからだろう。


 何を彼を変えたのかは知らない。けどルージュはよく考えるとまだほんの子供だ。


 ……ったく、精神に引っ張られるのはいいが、それで相手を決めつけるのは良くないよな。


 子供の特権、それは間違えてもいいことだ。


「いいよ。謝ってくれたなら、許す」

「……ありがとう。クライン、でも俺頑張ったぜ。今回、勝つ為に――」


 そのとき、声がした。

 慌てて前に身体を戻す。


 さっきの驚きの光景がふたたび視界に入る。


 道が、10つほどに分かれている。


 試験はもう一つの門をくぐって外に出ること。


 それ自体はいい。だがそれよりも驚いたのは、一つの道から――見たこともない巨大な生物が歩いてきたのだ。


 俺たちは子供、1メートルにも満たない。

 だが遠くからでもわかる。おそらく10メートルはあるだろう。


 全体が赤く、2本の角、口からは牙が飛び出ている。

 その特徴的な風貌は、元の世界のいわゆる鬼によく似ていた。


 右手のこん棒はでかく、異彩を放っている。


 そして鬼は、明らかに俺たちを狙って走ってきている。

 大勢の子供たちが逃げ惑う。


「クライン、ここは一旦――」

「――おもち」


「ぐるぅ!」


 ルージュが制止したが、俺はおもちに声をかけた。

 おもちは翼をはためかせ、ぐんぐんと真っ直ぐ突き進む。


 そして、鬼に向かって炎を吐いた。


 おもちがこの攻撃をできると知ったのは、随分と最初だ。

 初めは、コホっと少し火が出る程度だったが、今では炎の玉を出すことができる。


 成長すれば、もっと凄まじいことになるだろう。

 鬼に直撃したものの、それは致命的なダメージにはなりえなかった。


 鬼は咄嗟に防御した後、更に憤慨する。


 しかしこの攻撃は倒す為じゃない。


 ――時間稼ぎだ。


 まだお母さんが生きてた時、豆まきをしたことがある。鬼は外、福は内ってな。


「――魔結界」


 俺は人差し指と中指を立てて詠唱した。


 魔結界がジジジと形成されると、鬼を覆う。

 鬼は、壁をこん棒で思い切り叩きはじめた。

 俺はミリシアほどの技術がなく、空間が余っている。


 だが――。


「ガアアアアアアアッアア!」

「無理だよ」


 強度は以前と比べ物にならない。


 俺は不安だった。


 魔物やモンスターを殺せるのか、とずっと考えていた。


 けどそれは――杞憂だったらしい。


「――『魔滅』」


 箱が、瞬時に黒で覆われる。

 次に解除すると、鬼は完全に消えていた。


 家族の幸せを思えば簡単な話だ。


 何よりも優先すべきは、手の届く範囲の人たち。

 俺は誰よりもそれを知っている。


 あの火事の時に誓った。


 今の俺なら、たとえ人でも容赦しない。


「――行くぞおもち、この試験、一番で通過しよう」

「ぐるぅ!」


 おもちが駆け寄る。そして、後ろを振り返る。


「ミリシア、行こう。――ルージュも」

「……凄い、凄すぎるよクライン! かっこうよかった!」

「す、すげえ……。――で、でも俺もすげえ技使えるんだからな!!!」


   ◇


 修練の門――外。

 映像のように照射された門を、大勢が舐めている。


 そこにいた1人の白髪の老人が、声を震わせていた。


「な、なんということだ。あれは『鬼』ではないか。修練の門で出現するなんて前代未聞だ。いやそれよりも、なんだあの魔結界に魔滅は……規格外すぎるぞ」


 周りも歓声というよりは、驚愕していた。


「誰だ今の子供は!?」

「ビルス家の子、クラインだ」

「あの魔印五本の子供か、何という力だ」

「何ということだ……これは、凄いことになるぞ」


 それを見ていたメアリー、そしてリルドは。


「あなた、クラインが……あんなに強く」

「……驚いた。私がいない間に随分と強くなってるな。フェアが言っていたよ、面白い事になりますよ、と。それが、これだったんだな。――クライン、頑張れよ」



 



 

 

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