Lily-CAL Dis-TortiOn

来国アカン子

Prologue

Death is a Lonely Rage

 理不尽に奪われ続けた人間は、全てが終わった後に、或いは全てが終わる瞬間に、何を考えるのだろう。


 随分前に冷え切ってしまった脳内の様に、自分の体から熱が失われていくのを感じる。

 それとは対照的に、腹部からは突き刺すような熱さが全身に広がり続けている。

 室内は暗く、床に仰向けで倒れたまま窓の外を見ると、年の暮れに相応しい、白く綺麗な雪が目に入った。

 不意に視界が滲む。

 十年前のあの日以来、何をされても涙など流したことは無かったというのに。これはきっと、雪の所為に違いない。


 疾うの昔に死んだとある女は、全てを納得すれば、心は極めて寛大になるのだと言ったらしい。

 私は寛大では無かっただろうが、少なくとも、強い感情を表に出せるような人間でも無かった。

 心のどこかで、仕方のないことだ、世の中はそもそも理不尽なものなのだ、と納得していたのだろう。

 巫山戯るな、と力の入らなくなった口元から、息を押し出す。

 私が何をした。平凡な家庭に生まれて、平凡に愛されて育って、平凡に生きて平凡に死ぬ筈だったのに。

 借金塗れのギャンブル狂に家に押し入られて、両親を殺されて、自分は腕と背中に消えない傷まで付けられて。

 母姉一家に引き取られて、恐怖心から外に出ることも出来なくなって、単位を落として高校を中退して。

 変な手紙が送られてくるようになって、母姉一家の一人息子には関係を強要されて、精神病院に入れられて、生活訓練施設と言う名の隔離病棟に送られて。

 それでも漸く立ち直りかけて、高卒認定試験に受かって、施設を出てゲーム会社に就職したら、そこでも事件の話を持ち出されて。

 給料の殆どは母姉一家に搾り取られて、同僚には好奇の視線を向けられて、上司には体を触られて。

 挙句の果てに、製作していたゲームは資金の枯渇とスポンサーが離れたことで開発中止になって、会社の倒産も決まって、その八つ当たりでセクハラ上司に腹を刺されて。

 私が何をした。私の何が悪い。

 巫山戯るな。

 巫山戯るな。

 巫山戯るなよ、クソ共が。

 死ね。死ね。皆死ね、全部消えろ。

 こんなクソみたいな人生で、何を納得しろと言うんだ。それでも在り来たりな理不尽だと、寛大になれとでも言うのか。結局私は、理由も何も無いままに、奪われ続けただけではないか。

 まるで下卑た中高生の創作のような、現実感の無い人生だ。


 遠くからサイレンが聞こえて、数人の足音が振動となって体に伝わる。

 やがて口を忙しなく動かす救命医らしき男を捉えた自分の目の中を、体中から集めた憎悪で満たす。

 どこからか、ちり、じりり、とノイズのような音が聞こえる。

 死の間際で感覚がおかしくなっているのか、妙な音と共に、つけっぱなしのパソコンの画面が明滅を繰り返している様に見える。

 そうしている間に意識も途切れ途切れになり、視界が閉じる直前の私の脳裏には、開発中止となったゲームの、私が描いた登場人物達の姿が浮かんでいた。

 一番のお気に入りだったキャラクターはシナリオの都合で理不尽に奪われ続けたが、或いは彼女も私のように、世界の全てを憎みながら最期を迎えたのかもしれない。


 理不尽に奪われ続けた人間は、全てが終わった後に、或いは全てが終わる瞬間に、きっと例外なく、こう考える。


 世界など滅んでしまえばいい。それも、可能な限り、全ての人間が苦しむような形で────と。

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