雨がやんだら、
澤崎海花(さわざきうみか)
Prolog .【傘をさしたら】
雨が身体を濡らして、暗闇へと導いている。
この町唯一の道の駅へと繋がる山道は、人通りが殆どないことで有名だ。
やむ姿を見せない雨に打たれながら、柚希は目を閉じる。
嫌なことは沢山あったが、その中でもとびきりのものを貰ってしまい、生きることを続けようと思えなくなってしまった。
立てた両膝に顔を埋めて、涙を絶え間なく流す。
声は決して上げないように、誰にも聞かれないようにして。
不意に、身体を濡らしていた雨がやんだ。
「風邪ひくよ」
綺麗な声だった。
雨にかき消されそうなほど小さな声だったのに、柚希にははっきりとその声が聞こえる。
それはとても不思議な感覚だった。
「……傘はあげるから」
そう言って離れていこうとする誰かの手を掴む。
相手は一瞬身体を震わせるが、直ぐに柚希のことを見た。
困ったように唸っている誰かは男なのだと分かると、柚希は少しだけ力を込めた。
ここで死ぬつもりだったのに誰かにすがってしまう弱さを後悔しながら、柚希は自分を奮い立たせる。
そうして、はじめて柚希はその人物の顔を見た。
日本人らしい黒髪と相対する綺麗な青い目が印象的だった。
柚希と対して歳が変わらないだろう少年が柚希と目を合わせて微笑んでいる。
「ごめん」
そう言って手を離すと、少年は柚希へとかけていた傘を持って少しだけ背をかがめた。
「雨、濡れたら……なんだっけ」
続く言葉を考え始めた少年に思わず吹き出してしまう。
「風邪ひくよ、じゃない?」
「そう、それだ」
少年はこほんと咳払いを一度して、表情を緩める。
そして先程と同じことを言った。
「雨に濡れたら風邪ひくよ」
そう言ってから自信満々という顔をした。
先程言えていなかったのに、今更そんな顔をされてもと柚希は笑った。
少年は困惑したような表情を浮かべている。
しかし、柚希はそれすらも気にせずに笑った。
一通り笑ったあと、自然に零れた涙を指で拭う。
久しぶりに笑ったので疲れてしまったが、それと同時に何故か妙にスッキリしていた。
「ねえ、人……んん、君はこんなところで何してたの?」
少年に問いかけられて言葉につまる。
死のうと思ってましたなんて言われても、相手も困るだろう。
「えーーと、」
「ここは、殆ど人が来ないから早く帰った方がいいよ」
「帰る?」
「うん、家にね」
少年は先程問いかけていたことにはもう興味がないようで、今度は柚希を家へと返そうとしている。
それがわかって柚希はここでも邪魔になるのかと自虐的に笑った。
「どうしたの」
少年になんでもないと返そうとして言葉が出ない。
言葉の代わりに涙が零れるばかりで何も声にならなかった。
「え、と。こういう時どうしたらいいんだろ」
何もしなくていいと言うことも出来ずに、ただ首を横に振る。
しかし、少年はそれを見ていないようで少しだけ上を見たあと、柚希の手を引いた。
「上、行こ」
上には道の駅があるだけだと考えながら、少年について行った。
ーーーーーー
道の駅は無人で運営されていて、あるのは手洗い場と自販機ぐらいだった。
使うこともないだろうが、何故か建てられている二階はホコリが溜まっていた。
少年はそれを見てから螺旋階段で柚希と下へと降りていく。
自販機のすぐそばにある螺旋階段の下へと入り込み、二人で座り込んだ。
傘をゆっくり片付けているのを見ながら、涙を拭う。
柚希が見ていることに気がついた少年が口を開いた。
「落ち着いた?」
少年の言葉に頷いてお礼をいう。
少年は誇らしげに笑ってからどういたしましてと簡潔に答えた。
そんな少年に柚希は思わず口に出していた。
「死のうと思ったんだ。だけど上手くいかなくて」
少年は柚希へ近付くと、それでと相槌をうつ。
「嫌なことばっかりで、今日終わらせようと思った」
はじめて会ったというのに、少年は何も言わずに柚希の話を聞いている。
あまりにも真剣に聞かれているので急に恥ずかしくなって、顔を伏せた。
「変だよね、こんなはじめて会ったのに。ごめんね、変な事聞かせて」
「いいや? 吐き出す場所がないなら仕方ないさ」
「優しいんだね」
少年は気まずそうに顔を逸らしてから、柚希に続きを促す。
「この生命誰か貰ってくれないかな、そしたらさ……」
続きは言えなかった。
とにかく死ぬことに理由が欲しかっただけだったから。
柚希の話を聞いていた少年はゆっくり口を開く。
「じゃあ僕にちょうだい」
「いいよ」
間髪入れずに答えると、柚希はゆっくり少年を見る。
少年はその言葉を聞いてゆっくり笑顔を浮かべた。
「君の生命はこれからは僕のものだね。じゃあ、明日同じ時間にガードレールの前で待ってるから」
なぜだか断ろうとは思えずに、柚希は頷いた。
「あ、そうだ。僕の名前は、
「柚希」
「なら、柚希。また明日」
少年ーー雫石はそう言うと柚希の前から姿を消す。
置いていかれていた傘を返そうと追いかけるが、そこに雫石はいなかった。
まるで狐にでも化かされたようだ。
傘を置いていく訳にもいかずに、仕方なく使わせてもらうことにした。
明日会うのだから、その時に返そうと誓って。
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