マァマァ夫人のおかげです

紫楼

第1話


「んっまぁぁぁああああああっ!!」


 王宮名物マァマァ夫人の雄叫び・・・もとい悲鳴が晩餐前の忙しい最中に響く。


 彼女の悲鳴は「ふしだら警報」とも称されて、所謂不埒な現場に出会した時に発せられる。


 運良く・・・悪く?声が近かったために私もそちらに行かなくてはならない。


 デバガメ、物見、仕事の疲れを癒すスパイスと見に来る者もいるが、基本はふしだらな事をした者の確保と証言者になるため、現場のお掃除(王宮ですので)をしなくてはならないから。

 人の事後の掃除などふざけるなって話だけれど所詮雇われの身。

 高貴な方に万が一にもご不快を与えるわけにはまいりません。


 すでに衛兵が集まって来て〈現場〉を覗いている。

 騒めく中を進むと、固まったままのマァマァ夫人と、半ケツのまま硬直している男、半乳晒してスカートを捲られ太もも全開、結合部丸見えな女と言うふしだらな二人がいた。

 

 見つかってしまったならとりあえず離れて身繕いをすればいいじゃない。


 生々しい現場の主人公の片割れは「王宮でやるなんてバカじゃん」と言っていた、そのうち結婚する予定だった私の恋人だった。

 

 いや!私が「まぁまぁ」言いたい。


「おい!いい加減離れたらどうだ!」


 かたまったままのふしだらな二人に到着した王宮の騎士が声をかける。

 ビクッとなった元・私の恋人フレドは刺さったままのアレを抜こうと身じろぎする。


「「キャァ!」」

「んまぁあああまぁあああ!!!」


 うら若き乙女から熟女まで集まった中で、騎士としてそこそこ引き締まった身体のフレドのソコが丸見えでは破廉恥がすぎる。

 ついでに丸見えな女性フローラの方もいるので男性陣も「「おおぅ」」って声が漏れてる。

 ここまで破廉恥な場面はそうそうお目にかかれない。


「ぬぬぬ・・・抜けないん・・・デス」


 なんか物凄い汗かいてるからハッスルしまくったからかと思っていたら抜けない苦痛の冷や汗だったみたい。

 フレドは情けない声で騎士に訴えて、フローラは羞恥かわからないけどずっと無言。


「・・・担架を」

「は!」


 騎士たちが棒と布で簡易担架を作って二人を乗せる。

「ぅう」「っぁはぁ」とかうめきか喘ぎかわからない声が響く。

 ありのままの彼らに布も被せず医務室まで運ぶなら公開処刑ですね!

 運ぶ方も恥ずかしいから、配慮しないことで怒りを現してる。


「まぁ!まぁ!」


 その様子を見送るマァマァ夫人はやっぱり「まぁまぁ」っていうのね。


 横を通り過ぎる時に私に気がついたフレドは顔色をさらに悪くさせて、

「・・・アミリ・・・違うんだ・・・」

と手を伸ばしてきた。


 何も違わないでしょう。


 (お・し・ま・い・デース!!地獄に堕ちろ!)


 私は笑顔を作ってハンドサインを送った。


 絶望の顔をしてるけど、その状態をみんなに見られて、おそらく騎士は辞めることになるか部署異動で僻地に飛ぶだろうし、誰もが繋がってるのを見てしまった以上は、フローラの父ガンド男爵が行き遅れの阿婆擦れ問題あり娘を処理するチャンスと結婚まで持っていくだろうから別れない選択はない。


 フローラ・ガンドは高位貴族狙いで婚活して行き遅れた二十六歳。

 若い頃は見目の良さから、下位貴族の裕福な令息に粉をかけて婚約を破断に持ち込ませたり、裕福な年上既婚者に貢がせたりでいい噂がない女性。

 メイド止まりの向上心のない腰掛け令嬢。

 王宮に勤めるには試験を受けて侍女スタートか、行儀見習いでのメイドからで高給目指して昇進試験を受けて上に上がっていく。

 私は現在侍女で十九歳。

 フローラはメイドのまま二十六歳。

 侍女と女官は婚姻後、妊娠出産後、再雇用で続けられるけどメイドは婚姻したらそれまでという契約なので、実家の援助が見込めない次女三女は必死に昇進を目指す。

 

 下位貴族出身の女は、余程のお相手に見染められないと一生お勤めに励むしかない。


 そんな中、フローラというメイドは同年代の仲間が結婚で辞したり、昇進していくのに試験を受けるでもなく、お相手も見つからずにいて、まだワンチャン狙ってるとか言われて若手騎士や侍従に嫌厭されていた。

 まさか自分の彼氏が彼女に落ちるなんて。


 フレドは伯爵家の次男で、継ぐ爵位や財産は無いのでいずれ騎士爵が与えられればという地位的に可も不可もない人だった。

 贅沢好みの女性の対象にはならないと思われるのでフローラにとっては火遊びだったのかもしれない。


 彼らが運び出された後は「・・・」と気不味い空気が漂う。

 気を取り戻してメイドたちに後片付けを頼む。

 無理強い現場だと保全とか検証とかあるのだけど、あからさまな状況だったのでさっさとお掃除。

 家具や絨毯は一旦入れ替えになる。


「ヴィネアさん、大丈夫?」

 マァマァ夫人は、誰かに彼と私のことを聞かされたみたい。

「ええ、婚姻する前でよかったですわ、マァム夫人」

 慰めてくれるマァマァ夫人こと、マーガレット・マァム夫人にお礼を言う。


 マァマァ夫人は何て言うか〈出会してしまう〉人なので、職務中や休憩中、いろんな場所で〈ふしだら〉な現場に遭遇している。

 王宮で大声を出すとか本来はあり得ないのだけど状況が状況なだけに「お気の毒な方」

と言われ不問にされている。


 火遊びをしたい人、ちょっとつまみ食いをしたい人、スリルを楽しみたい人には不評な夫人だけれど、王宮で不適切な行為を犯す人がおかしい。


 通称マァマァ夫人は、本来はマァム伯爵夫人で王妃さまの付き女官。

 若かりし頃、現王の元婚約者の〈不適切〉や現王妃のご友人が休憩室に連れ込まれて間一髪のところで「んまぁあああああ!!」と炸裂したりしたことで、王家公認の風紀取締みたいな立場になってしまっている。

 幾度も遭遇する彼女のことを最初は面白がっていたけど、所謂間に合わなかった連れ込み現場に出会して嘆いていた夫人を気の毒にも思っているそう。

 なので王宮で不適切な行動をした場合、結構な罰を受けることになっている。


「別に探して行くわけじゃないのに気がつくと目の前で盛ってるのよねぇ?」

 以前、マァマァ夫人がそう呟いた。

「あんなモノ見たいわけないじゃない?」

 確かにあんなモノ見せられて気分の良いものじゃい。


 フレドは「マァマァ夫人に見つからず事を済ませることが出来たら英雄だって言われるんだぜ」とか「隊長が侍女と東屋でやってるのバレたって」と話していたのに自分もバカやったんだなと笑ってしまう。

 今思えばフラグだったのかも知れない。


「ヴィネアさん、貴方は優秀な侍女だわ。こんな事で辞めないでね?」

 待機室に戻れば同僚たちが慰めてくれる。

 実はそこまで落ち込んではいない。

 もう少ししたら女官試験を受けてその後結婚とか思ってたのでもちろん仕事をやめる気もない。


 フレドとは付き合って半年、ナンパされて気があって、優しかったから付き合ったのだけどまだ一線を超えていなかったし、あの現場見ちゃうと未練も残らない。

 気持ち悪いまである。


 やってなかったから浮気したのか?やっていたら浮気しなかったのか?


 フローラに靡く程度なら別の場面でも浮気してるよね。



 みんなに心配された私は早めに上がらせてもらえた。

 仕事してた方が気がまぎれるんだけど。




 

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