第9話 その大ピンチに……。
「私、魔術なんて使っていない……」
「手袋で手の甲を隠していても無駄ですよ。今のは間違いなく、貴女による攻撃魔術ですよね。その年齢で、無詠唱かつ即時の発動とは、いやはや、田舎娘とは思えない才能ですねえ」
小太りの男の人の笑みはあくまで柔和だけど……。
目がとんでもなく冷たい。
その目に見据えられて、私は背筋がゾクリとするのを感じた。
あと、私は確かに手袋をしている。
でもそれは……。
私が男爵家の娘なのに無印者であることを隠したいからだ。
「隠しても無駄ですよ。何故なら私も、ほら――」
と、小太りの男が手の甲を見せる。
そこには刻印があった。
「私は土の属性を持っているのです。これでも魔術師なのですよ。庶民の目は誤魔化せても、同じ魔術師の目は誤魔化せません」
誤魔化せてるからー!
やったのはカメさまだからー!
と、私は叫びたかったけど、さすがに叫べない。
「……スーちゃん、魔術師様だったの?」
コリーが驚いた顔をする。
刻印を持つことは、それだけでその人が特別である証だった。
町の人は持っていないのが普通だ。
――ねえ、カメさま。どうしよう? 私、どうすればいい?
――邪魔な相手ならば、消してしまえば良いのである。
――そんなこと無理だよー! ……って、カメさまならできるの? どこか遠くに飛ばしちゃうとか?
――無理なのである。そんな力はないのである。
――ううー! 無理なら言わないでー!
どうすればぁぁぁ!
コリーに返事をすることもできず、私は途方に暮れてしまった。
「さあ、行きますよ」
え。
あ。
小太りの男が私の手を掴んだ。
「ふふ。そちらの娘と違って、貴女の家は裕福そうですね。さあ、示談のお話をしに行きましょうか」
「ヤダー! 離してー!」
私はもがいた!
――任せるのである!
バチバチ!
すぐにカメさまが雷を放ってくれたけど……。
「また攻撃魔術を使って。いけませんねえ。法律違反です。ただ、土の刻印を持つ私には効きませんが。防壁は張らせていただきましたよ」
――カメさまあ! 効いてないよお!
――むむ。
――むむじゃなくてえ!
――かくなる上は最後の力を振り絞って、再び憑依して、こやつらを蹂躙するしか手はないのである。
「やめてよー! 私が行くからスーちゃんを離してよー!」
コリーが小太りな男の腕にしがみつく。
だけど、うん……。
私と同じで、コリーはただの女の子だ。
どうしようもない。
「おまえはこっちだ」
乱暴な男の人がコリーを引き剥がした。
「ふふ。今日は大儲けできそうですね」
「ああ、そうだな」
男たちがいやらしく笑う。
その時だった。
「――貴方達は、一体、何をしているのですか?」
町の人が連れてきてくれたのだ。
ふと見れば、三人の帯剣した領兵を引き連れた、タビアお姉様がいた。
士官服に身を包んだお姉様は純粋にカッコいい。
物語に出てくる騎士様みたいだった。
距離を取っていた町の人達が、ホッとした様子になるのがわかる。
お姉様が来てくれれば、もう安心だって……。
みんなも思ったのだ。
「お姉様ー!」
私は助けを求めた!
腕を掴まれた私のことを見たお姉様は――。
次の瞬間には、二人の男の人を地面に打ち倒していた。
まだ聖剣すら出していないのに、体格も魔術の防壁も気にもしない、それは圧倒的な力の差だった。
聖剣の刻印は身体能力を大きく向上させる。本当にすごい力なのだ。
「この二人を拘束しなさい」
お姉様が領兵に命じる。
「いきなり何をするのですか! 我々は王都の善良なる商人なのですよ! いくら領兵とはいえ、このような無法――!」
「黙りなさい。貴方は今、誰に手を出したのかわかっているのですか?」
「この娘は加害者なのですよ! 抵抗されていたのです!」
「その子は私の妹です。名は、アニス・オル・ハロ。男爵家の人間に手を出しておいてただで済むと思うのですか?」
「な――。バカな――」
「しかし、ツボを割られたのはこちらです。被害者は我々です」
「フンッ! そんなもの、何だと言うの?」
お姉さまが冷たく、割れたツボに目を向ける。
ツボは大きくて、綺麗な柄がついていて、高そうに見えるけど……。
「このツボは、かの高名な工芸家ロ・サーンの作ですぞ。王都ならば金貨十枚の値が付く逸品で――」
「本物ならね。そのツボは、貴方が魔術で複製したものでしょう?」
「何を証拠にそんなことを! 訴えますよ!」
男の人たちが立ち上がって、お姉様と対峙する。
柄の悪い男の人は無言だったけど……。
腰が少し沈んでいる。
すぐに動けるように身構えているのだ。
お姉様は動じる様子もなく言った。
「そもそも、貴方達の指名手配書はすでにこの町にも来ていますよ。王都を荒らした二人組の詐欺師ワレールとオトース。田舎町でなら最後にひと稼ぎできると考えたのでしょうが……。甘く見るのも大概にしなさい」
「くっ!」
「この二人を拘束しなさい」
お姉様が再び命じる。
「ハッ! そう簡単に捕まるかよ! この俺様は戦士の刻印持ちだぜ。田舎の雑魚共にどうこうされるものかよ!」
柄の悪い男の人が腰の短剣を抜いた!
しかも両手一本ずつ!
「ふふ。そうですね。こんな田舎の領兵など、王都からすら逃げ延びた私達の敵ではありませんよ」
小太りの男の人が懐から短い杖を取り出した。
魔術杖だ!
だけど、お姉様は平然としたものだった!
さすがはお姉様!
「そうですか。では田舎の剣士の力、見せて差し上げましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます