第8話 町での騒動


 私はカメさまを頭に乗せて、無事に町へと来た。

 町は賑わっていた。

 なにしろ明日は、春のお祭りなのだ。

 町は飾り付けられて、あちこちで催しが行われるのだ。


「寂れた町の割には、雰囲気が明るいのである」

「明日はお祭りだしねー」

「ほお。何のお祭りなのであるか?」

「春のお祭りは、今年も春を連れて来てくれてありがとうございますって精霊様に感謝するお祭りだよ。感謝祭っていうの」

「まんまである」

「だねー」


 あははー。


「でも、そっかぁ。ねえ、カメさま」

「何であるか?」

「この町って寂れてるんだ? 大きな町とは、やっぱり違うの?」

「違うのである」

「どれくらい?」

「ふむ。月とカメくらいであるな」

「なるほど」

「具体的に言うなら、国の中心となる都であれば、森の木々のように建物が密集しているのである」

「やっぱりすごいんだねー」


 私も、まったく知らないわけではない。

 三年に一度は王都に行くお父様やお母様から、王都の賑わいと大きさは何度も聞いたことがある。


「アニスは、大きな町には行ったことがないのであるか?」

「うん。私、この町から出たことないし」

「で、あるか。アニスは未成年の女子故、それが普通なのかも知れぬな」

「そうだねー」


 町から出たことがないのは、別に私だけではない。

 同年代の女の子は、だいたいそうだ。


 タビアお姉様は、まだ十五歳なのに、自由に出歩いているけど。


 あと、私より二つ年上のノイルお姉様は、去年、十二歳で町から出て、今は王都の学院で寮生活をしているけど……。

 それは、水の刻印と入学試験に合格する知能があればこそ、だ。

 ノイルお姉様は、ものすごく頭が良いのだ。


「アニスは、王都などの大きな町に興味があるのであるか?」

「そりゃあるよー。私も死ぬまでに一度は行ってみたいなー」


 建物の森を自分の目で見てみたい。

 町の精霊教会よりずっとずっと大きいという話の、王様の住むお城とかも。

 きっと見上げすぎて、顎が外れちゃうだろうね。


「行く時には、我が護衛をしてやるのである。万全なのであるな。いつでも行けるのである」

「うん。ありがとー。行く時には一緒に行こうねー」

「で、ある」


 カメさまなら、ポケットにも入るし。

 一緒に行くのは余裕だ。


 私たちは町の景色を眺めながら、町の中央広場に入った。

 精霊教会もある、リムネーの町の中心だ。


 ただ、うん……。


 広場では、嫌な騒ぎが起きていた。


「おいおい! だーかーらー、キノコなんかじゃ代わりにならねーつっーの! おまえが割ったこのツボは、王都で金貨十枚の品なんだよ!」


 なんか、うん……。

 ガラの悪い男の人が、そんなことを大きな声で言っていた。


「トラブルであるな」

「うん。だね……」


 私は気になって、遠巻きに見ていた人たちの輪に加わった。

 現場の様子を見て、私はすぐに気づいた。


「でも私、これしかなくって……」


 男の人に迫られて、泣きながらそう言うのはコリーだった。

 コリーは町に住む私と同じ十一歳の女の子だ。

 以前に森で出会って、以来、たまに一緒にキノコ採りをするようになった、多分、私のただ一人のお友達だ。

 私はコリーに自分のことを何も話していないから、多分、だけど。

 だって、私は男爵家の娘よ、なんて偉そうだし。

 そもそも私は無印者で貴族としては失格の子だ。

 なので言いたくなったから。

 名前も誤魔化して、最後の一文字だけにしてしまっているし。

 だけど、うん。

 少なくとも知っている子ではある。

 家計を助けるために学校がない日には森でキノコ採りをしている、いつでも明るい笑顔の頑張り屋さんだ。


 そのコリーが必死に、籠に入ったキノコを男の人に渡そうとしている。


「いらねえよ! こんなもん!」

「ああっ!」


 男の人が乱暴にコリーの手を振り払った。

 籠が床に落ちて、せっかくのキノコや山菜が散らばってしまう。


「む。むむ」

「どうしたの、カメさま」

「あの者、キノコを乱暴に扱うとは、なんという愚か者であるか」

「あ、うん……。そうだね……。あとカメさま、」


 ――えっと、心でお願い。

 ――わかったのである。そういえば人前であったのである。


 うん。

 さすがにカメがしゃべるのはマズいよね。


 男の人は二人組だった。


 一人がコリーを睨みつける中、もう一人の小太りな男の人が大げさな身振りで私たちに向けて頭を下げた。


「皆様、お騒がして申し訳ありません。私達は王都から来た商人でして、決して町を荒らしに来た者ではありません。彼がしているのは、王国の法に則った損害の賠償請求です。どうか法の執行の邪魔をなさらぬよう、お願い申し上げます。法を破れば重い罪となりますので」


 まわりにいた人たちは、「法」という言葉を聞いて……。

 お互いに顔を見合わせた後……。

 仕方なくの様子ではあるけど、その場から離れて行ってしまった。

 コリーを助ける人はいない。


「おまえは来い! 親のところに連れて行け!」


 男の人がコリーの手を掴んだ。


「痛い……! やめてよお!」

「いいから行くぞ! 絶対に弁償してもらうからな!」


 嫌がるコリーを、強引に連れて行こうとする。

 とても乱暴な態度だった。


「うち、貧乏だから……。だからお金なんてないよおー!」

「安心しろ。金がなくても、他にも弁償の方法はある。そのあたりについては融通を利かせてやる」


 私は見た。

 そういう男の人が、ニヤリといやらしく微笑むのを……。


「あのお……」


 私は我慢できず、前に歩み出た。

 おそるおそるだけど……。

 このままコリーを見捨てることはできなかった。


「スーちゃん!」


 私に気づいたコリーが、声を上げる。


「ん? なんだ? こいつの友達か?」


 乱暴な男の人が私を睨みつける。


「はい。そうです……。とりあえず、乱暴なことは、やめてほしいなあっと思うんですけど……」

「うるせぇ! すっこんでろ、ガキが! 仕事なんだよ、こっちは!」

「と言っても……。とりあえず、離してあげてください……」


 ――離させたいのであるか?

 ――うん。

 ――任せるのである。


 次の瞬間だった。

 バチっ!

 という大きな音と共に、男の人の肘が青白く一瞬だけ光って――。


「ぎゃあ!」


 男の人が悲鳴を上げてコリーから腕を離した。

 カメさまがら雷の力を使ってくれたのだろう。

 コリーと男の人が、それぞれに地面に倒れた。


「コリー! 大丈夫!」


 私はコリーの元に駆け寄った。


「う、うん……。でも……」

「酷いことする人たちだね」


 掴まれたコリーの手は、赤くなってしまっていた。


「テメェ! このガキ! 何しやがった!」

「私は何にも……」


 やったのはカメさまだし。


「はぁ!? んなわけあるか! いてぇ! 大怪我しただろうがよ! 見ろ、服が焦げてるじゃねぇか!」

「これは、慰謝料と治療費が必要ですねえ。いけませんよ、町中で攻撃魔術を使うのは法に違反しています」


 小太りな男の人が、私に嫌らしい笑みを向ける。








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