第6話 誕生、武神の少女!
「立つのである、アニス! このままで焼かれるのである!」
「あ、うん……」
「何を呆けているのであるかぁぁ!」
違うんだよおぉぉ!
体が動いてくれないのおおお!
立とうとしても、手にも足にも力が入らない……。
「ふむ。思ったより力が出ぬのお。
千年の封印が解けるその瞬間に合わせて、一時の狂いもなく、魔力が最大に高まるように練り上げてきたつもりでいたが……。
とはいえ、其方らと森を焼き尽くすには十分すぎるか。安心するが良い」
キツネの尻尾と耳を持った女の子は、幸いにも、すぐに攻撃をしてこなかった。
まさに力を見せつけるように、火の玉を大きくしていく。
「アニス!」
カメさまの声は、ちゃんと聞こえるけど……。
「あは……。あはは……」
私はなぜか、笑ってしまっていた。
「さあ、死ぬが良いぞ。妾こそが魔王、シャルルス・フリーア。この世界を制服し、力の楽園を築き上げる者なり。冥府で亡者共に妾の復活をとくと伝えるが良いぞ」
ゆっくりとした仕草で、もったいぶるように、女の子が火の玉を放とうとする。
「ええい! やむを得ぬのである! アニス、いくらか危険ではあるが少し其方の体を貸してはくれぬか!」
「あははは」
「アニス!」
カメさまが私の頬に体当たりをしてきた。
いたい……。
だけどそれで私は正気に戻った。
「あ、えっと……。どうするの……?」
「任せるのである! アニスは心を開き、我を受け入れるのである!」
「うん、わかった……」
カメさまが私の顔の前に浮き上がった。
視線が重なる。
私はカメさまを見つめる。
え。
あ。
次の瞬間、するりとカメさまが私の中に入ってきた。
体が一気に熱くなる。
まるで、内側から燃え上がるみたいに。
――アニス、聞こえるであるか?
「うん。ハッキリ聞こえるけど、これって」
――心で語るのである。
――えっと。これでいいのかな? 聞こえる?
――聞こえるのである。
――で、あの……。これって……。
――憑依である。これで圧倒的に強くマナの力を使えるのである。
――お任せしちゃって、いいの?
――長くは其方が持たないから一撃で決めるのである。体の力を抜いているのである。
私は言われた通りにした。
「いくのである」
カメさまが私の声で、そう言った。
私が立ち上がる。
なんだか面白い感覚だった。
私は私なのに、私が勝手に動いているのだ。
あ。
ついに女の子が火の玉を放った。
燃え盛る火の玉が、私を丸焼きにする熱量で、私に迫ってくる。
それを私は片手で受け止めた。
激しい熱が押し寄せて、前髪が熱気に揺れた。
だけど私は、なんと、その火の玉を握り潰して消した。
まるで風船みたいに。
パシュン、って。
「ふん。魔王と言っても、この程度であるか」
私が余裕しゃくしゃくに言った。
「な――。妾の魔術を、手で握り潰した……のか……? ただの小娘と小精霊のカメ、ではないということかの。其方らは何者なのじゃ?」
「我は武神なり」
そう言って、私は一歩を踏む。
「武神? くくく。まさか小娘ごときが、己を神と騙るとはのお。千年の時の世では、実にくだらぬ冗談が流行っているものよ」
「――現れよ。世界の事象すべてを斬り裂く、我が神の刀よ」
さらに一歩を踏むと同時に、私の手に一振りの剣が生まれた。
その剣は片刃で、薄くて緩やかに曲がっていた。
握りの先には、円形の鍔が付いてた。
まるで工芸品みたいに美しい造形の剣だった。
聖剣なのだろうか。
でも、聖剣とは自ら光り輝いているものだ。
この剣は、日差しを反射することも、自ら光り輝くこともしていない。
どこか怖い、不気味な剣だった。
「それで、其方らは本当は何者なのじゃ? 何故、我の復活の現場に居たのじゃ?」
「偶然である。いい迷惑なのである」
「答える気はなし、ということかの。妾もコケにされたものじゃ。では、死ね!」
女の子が、今度は赤く輝いた槍を放ってきた。
一瞬で直撃して弾けるそれは、まさに火の魔力の槍のようだった。
でも、私の体には何の痛みもなかった。
「ふむ。やはり魔力が足りぬか。まあ、良かろう。そちらが剣を持つなら、こちらも剣で斬り捨ててくれようぞ。剣ならば威力の不足もなかろうて。さあ、千年ぶりに我が手に現れよ――。灼炎の魔剣フレイムブリンガーよ」
次には、女の子の手に大きな両手持ちの剣が現れた。
炎の刃がぎらめく。
剣と剣の、勝負になるのだろうか。
え。
あ。
気づいた時、私は女の子の背後にいた。
私は剣を振るったようだ。
振り抜いた剣が、目の前にはあった。
置き去りにした衝撃の波が、一拍だけ遅れて、あたりの木々を打ち倒した。
私は、ゆっくりと振り向く。
「ぐ……。が……。バ、バカな……。
妾、いきなり……? せっかく千年ぶりに復活したのに……?
長い、時間だったのに……?
千年の瞬間に合わせて、ずっと頑張ってきたのに……?
そんなバカな、なのじゃ……。
やだーなのじゃぁ……。
甘いもの……。食べたかったのじゃぁ……」
弱い声をもらしながら、女の子が霧のように四散していく。
飛び込んだ剣の一撃で、私が彼女を破壊したのだ。
女の子のいた場所には、黒く輝いた大きな宝石のような石だけが残っていた。
それは多分、魔石というものだ。
魔物の体の中には、必ず入っているという。
魔石には魔力が詰まっていて、たくさんの魔導具の原動力となっている。
立派なものなら、売れば高い値段になるとお姉様が言っていた。
ぽんっ。
と、水の泡が弾けるみたいな感覚で、カメさまが私の中から出てきた。
一気に全身の力が抜けるのを感じた。
私はその場にへたりこんだ。
一振りの剣は、もう私の手にはなかった。
消えてしまっていた。
「ねえ、カメさま……。今の子、殺しちゃったの……?」
「残念ながら、違うのである。さすがに我が本気を出すと、アニスの体にどのような影響が出るのかわからなかったのである。故に手加減して、肉体を破壊するに留めたのである。ヤツの魂は地脈に流れたのである」
「それって、どういうこと?」
「依り代があれば、また現れるのであるが、とりあえず気にする必要はないのである」
「依り代って、キツネのことだよね……?」
キツネなんて、どこにでもいるよね。
簡単に現れそうな。
「顕現には多くの条件が必要なのである。今回は特例的に、我の力が媒介となって簡単にできてしまっただけなのである。普通は無理なのである。キツネには可哀想なことをしたが、そもそもヤツは我を食おうとしていたので弱肉強食の仕方なき掟なのである」
「そ、そっかぁ……。とりあえず、人殺しではないんだよね?」
「で、ある。そこに転がっている魔石が証拠である」
「うん……。だよね……」
普通の生き物が、死んで魔石に変わることはない。
死んで魔石に変わるのは、ダンジョンの魔物か、霊的存在に近い高位の魔物だと、前にお姉様から聞いたことがある。
なので、さっきの女の子は、少なくとも高位の魔物だったのだろう。
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