落ちこぼれ令嬢、小さなカメを助けて最強になる。だけどのんびりな性格は変わらないようです

かっぱん

第1話 プロローグ



 私、やってしまったのかも知れない。

 今、私の足元には――。

 将来は王国十剣入り間違いなしと言われる、公爵家のファラーテお嬢様が膝をついて屈している。

 私は疲れた様子もなく、冷たくそれを見下ろしている。

 私は剣で戦って、圧勝したのだ。

 まわりには多くの見学者がいた。

 ここは領兵の訓練場。

 今日は町のお祭りということで、領兵が公開練習をしてくれていて、大勢の市民が見学に来ていた。

 王都から来ていたファラーテ様は、ゲストとして練習に参加して――。

 圧倒的な強さをみんなに見せつけていた。


「――歯ごたえもなし。遅い。軽い。何より単調が過ぎる」


 なんか私が、ものすごく偉そうに言っている。

 ファラーテ様は未来の英雄なのに。

 聖剣の刻印を精霊様より与えられた、選ばれし聖剣士様なのに。

 すごいね、私。


「貴女は……。何者ですの……?」


 ファラーテ様が必死に顔を上げて、睨みつけてくる。


「我は武神なり」


 私が言う。


「武神……? 神とは、すでに眠りにつかれた世界には無き存在ですの。今世界に在るのは精霊様の御心のみ――。ふざけたことを言っていないで、せめて堂々と名乗りなさい……!」

「よかろう。せめて我が名を知るがよい。我が名は、ア――」


 あああああああああああああああああああ!

 待ったぁぁぁぁぁ!


 私は心の中で、精一杯に叫んだ。

 ダメだよ、ダメダメ!

 アって、私の名前を言おうとしているよね!

 もういいから!

 もういいからカメさまー!

 ファラーテ様は十分にぶっ倒せたし、私はスッキリしたし!

 もう十分だからー!


 脇を見れば、ファラーテ様に打ちのめされたタビアお姉様が、水魔術師からの治療を受けて意識を取り戻していた。

 深刻な怪我はなさそうだ。

 よかった。

 外から見ていると酷い戦いだったけど、致命傷にはならないように手加減はしてくれていたようだ。

 ならばもう、本当に用はない。


 退散!

 退散ー!


「やれやれなのである。わかったのである」

「何を――」


 ファラーテ様はたずねるけど、今のは私が私に言った言葉だ。

 ファラーテ様に向けてのものではない。

 私は返事をせず、背中に翼を生やしたかのような身軽さで、訓練場に併設された建物の上に跳び乗った。

 うん。

 私、なんかもう、完全にニンゲンじゃないよね!


 私はそのまま屋根の上を、跳んで、跳んで……。


 まわりに誰もいない町から離れた湖岸で、ようやく一息をついた。


「まったく、アニスは心配性なのである。我がこしらえたスカーフがあれば姿を知られることはないのである」

「声は私だったよね、完璧に! そもそも名前はヤバいってば!」


 あ、自分の声が出た。


 私の体に憑依していたカメさまが、私の体からぬるっと抜け出す。

 カメさまは、カメ。

 私の手のひらに乗っかる、小さくて緑色のカメだ。


 私はアニス・オル・ハロ。

 ここ、湖岸の町リムネーで地味に暮らす娘だ。

 年は十一歳。


「そもそもアニスよ。我と共に在れば、其方は無敵。恐れるものなど何もないと言っているのである」


 カメさまはカメだけど、特別な存在なので、なんとしゃべれてしまう。

 声は、うん。

 完全に可愛らしい女の子だけど。

 カメさまの依代となったカメは、子供のメスなのだ。

 そういうことらしい。


「私は恐れたのー。ごめんねー」


 私は、首に巻いていたスカーフを外す。

 スカーフには、カメさまがかけてくれた認識阻害の魔法が付与されている。

 スカーフを巻いている間、私の姿は似て異なる誰かに見える。

 お母様にも通用したので、それは確実だ。

 スカーフを外せば、私はいつものアニスに戻ることができる。

 変身の時間はおしまいだ。


「ありがとね、カメさま。お姉様の敵討ちはできたし、英雄になったみたいな夢も見られて私は満足だよ」

「夢でおわらず、目指せばよいのである」

「それはいいよ。どうせ私には無理だし。でも私、すごかったね! さっきだけは私も最強だったよね!」


 逃げてきたけど、強かった自分は嬉しい。

 それは本音だ。

 だって体には感触が残っている。


「で、ある。我にかかれば、マナの力などいくらでも――とは言わぬが、それなりには使えるのである」


 カメさまが私の頭の上に乗った。

 カメさまの定位置だ。


「マナの力かぁ……。それって、刻印の力とは違うんだよね?」

「当然である。アニスが言う刻印の力とは、オド――。身体の生命力から導き出される力である。対してマナは世界の根源たる力。その差は歴然なのである。カメと月ほどの差である」

「それってカメが上なの?」

「当然である」

「そっかー。だよねー。うん。すごいと思うー」

「無関心にうなずくでないのである。其方は我の契約者。神に選ばれし者なのである」

「そういわれても、私、刻印だってないし」


 私は自分の手の甲を見た。

 私の手の甲は綺麗だ。

 私も五歳の時に精霊教会で授印の儀式は受けたけれど……。

 私には、何の模様もつかなかった。


「そんなものは其方には無用だと言っているのである。刻印など、オドの力を固定化させるだけの型枠である。むしろないからこそ、其方は我とつながることができたのである。誇りに思うのである」

「そうは言ってもさぁ……。ないものはないし……」


 この国には精霊様の祝福がある。

 祝福を受けた者は手の甲にその証として刻印を得る。

 刻印は様々な力を導く。

 聖剣士として聖なる剣を生み出す聖剣の刻印や、魔術師としての資格である風や土や火や水の属性印はその最たるものだ。


 私には何の刻印もない。

 それは正直、別に珍しいことではない。

 普通の国民には、むしろ刻印なんてないのが当然だった。

 でも……。

 私の一族は、みんな刻印を持っている。

 刻印がないのは私一人だった。

 お父様もお母様もお姉様も親戚の人達も……。

 みんな、刻印を持っている。

 私は、これでもこの町リムネーを治めるハロ男爵家の三女で、町の人にはお嬢様とか言われているのだ。

 そう……。

 貴族の家の子である私は、刻印を持っているのが当然の身なのだ。

 刻印こそが、貴族が貴族である理由なのだ。


 私だって小さな頃は、聖剣の刻印を手に入れて聖剣士として魔物退治!

 国中を大冒険!

 大活躍!

 なんて夢も見ていたけど。


 私は、聖剣士どころか魔術師にも戦士にもなれない。

 私には才能がなかった。


 まあ、うん。


 聖剣士様に、私、勝っちゃったんだけどね……。

 衝動任せでカメさまに身を委ねて……。

 木刀一本で、お嬢様が魔力で生み出した光の聖剣すら弾き飛ばして……。


「でも私、よくわかったよ! カメさまは最強だって!」

「うむ。で、ある。やっとわかったであるか。我こそが、かつて黎明の時代に邪神を討滅せし武神カメサマールなのである」

「うん! カメさま最強!」

「うむ」

「最強! 無敵!」

「はっはっは! もっと褒めてもよいのである」

「じゃあ、今日の餌は豪華にするね!」

「餌、であるか……」

「あ、ううん。お食事ね!」

「いや、餌でよいのである。考えてみれば、我はカメ。普通の馳走を出されてもたいしてカメんのである」

「あはは! それ、面白いね! カメさまの定番ギャグにしよ!」

「うむ。で、ある」


 カメだけに、カメん!

 いいよね!



 ――これは私とカメさまの、秘密の剣士の物語。


 その始まりは、昨日――。





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