第3話 竹ちゃんとのふれあい

「ところで、お前の名前は? 竹子たけこは竹子カピ」


「あ、私は坂梨渚沙さかなしなぎさ。よろしくやで」


 カピバラに何気なく名を問われ、渚沙は素直に応えてしまった。納得してしまえば、あやかしだろうが何だろうが、相手は可愛いカピバラだ。これはある意味開き直りである。


 渚沙はあやかしの知識がとぼしいので、見た目や会話などで判断するしか無いと言うのが正直なところだ。それにこの竹子と名乗ったカピバラは渚沙に友好的に思えるし、危害を加えようとする気配も感じられない。


 伝承などをあまり知らないからこそ、幼いころに見たアニメなどの良いイメージを持っていられるのかも知れない。悪いあやかしも出て来たが、主人公サイドは良いあやかしだったはずだ。それどころか被害に遭う人間などのために、悪いあやかしと戦ったはずだった。


 しかも、目の前にいるのは普通に可愛らしいカピバラである。警戒心も薄れようというものだ。


「どこに住んでいるのだカピ? さかい市カピか?」


「ううん、近いんやけど、大阪市やねん。あびこって分かる?」


「竹子は堺市辺りのことしか知らないのだカピ。竹子はハーベストの丘で生まれ育ったのだカピ。あやかしになってからはすぐにここに来たのだカピ」


「へぇ、ハーベストの丘かぁ」


 堺市南区にあるハーベストの丘。アスレチックなどのアクティビティや、カピバラを始め犬や羊など、動物とのふれあいができたり、乗馬体験ができたりする遊戯ゆうぎ施設である。


 園内には関西初、公式のシルバニアパークがあり、きっとファンにはたまらない空間だろう。推していなくても可愛いと思える動物モチーフのキャラクターたちが、心をふんわりと和ませてくれる。


 大きなお花畑もあり、春にはネモフィラやチューリップ、夏にはひまわり、秋にはコスモスと、季節の花々が咲き誇るのだ。


 園内製造物も豊富で、ソーセージやベーコン、お菓子、クラフトビールなども人気である。


 最寄り駅は南海バスのハーベストの丘停留所である。だが大阪はバス網が貧弱と言え、1時間に多くても3本が発着する程度。1本なんてのも珍しく無いのである。なので利便性の高い大阪メトロ御堂筋線沿いに住んでいる渚沙からしてみたら、不便なイメージがあった。


 そんなこともあってここ数年はめっきり足が遠のいている。確か幼いころに両親に連れて行ってもらったきりである。そう言えば大きな駐車場があるので、自動車などでの来園に重きを置いているのだと思う。


「他の土地に興味があるカピ。渚沙、帰るのなら、付いて行って良いカピか?」


「そりゃあ構わへんけど、帰りはどうすんの? 私、また送った方がええ?」


 今日はこの大仙陵古墳に来ること以外の予定は無かったので、時間はたっぷりある。もし巧くここに帰って来れなくなってしまっては大変だ。1日に何度も往復するのは正直言って億劫おっくうではあるのだが、竹子が迷子になってしまうよりは余程良い。


「大丈夫カピ。1度行けば覚えられるカピ。他に用事があれば付き合うカピよ。竹子の姿は誰にも見えないカピから、大丈夫だカピ」


「あびこに戻ったら晩ごはんの買い物したいぐらいかな。スーパー行きたいわ。あ、良かったら晩ごはん、うちで食べる?」


「それはありがたいカピ」


 竹ちゃんの黒い目が、きらりと輝いた気がした。


「うん。ほか行こか。えっと、竹子ちゃん……、竹ちゃんて呼んでええ?」


 竹子ちゃん、は渚沙には少し呼び辛かったのである。舌がもつれそうになってしまう。


「良いカピよ。丘の飼育員にはそう呼ぶ人もいたカピ。懐かしいカピな。では行くカピ。世話になるカピ」


「こちらこそ。はぐれん様にね」


 そうして渚沙は竹ちゃんと並んで、家路に着いた。




 JR阪和線の我孫子町あびこちょう駅に帰り着き、少し歩いて大阪メトロあびこ駅近くのスーパーで晩ごはんの買い物をする。


 竹ちゃんに好きなものを聞くと、お肉でもお魚でもお野菜でも、何でも美味しく食べられると言うことだったので、奮発して鉄板焼きをすることにした。焼肉用の牛肉やウィンナ、玉ねぎときゃべつなどを買い込む。


 渚沙は「さかなし」の2階でひとり暮らしを始めて、まださほど経ってはいなかった。幸いホームシックと言うものに悩まされはしなかったし、ひとりでテレビなどを見ながら食べるごはんもそう悪くは無かった。


 渚沙はひとりで飲食店に入れるタイプである。賑やかな居酒屋でも大丈夫。映画館や動物園などにも行けてしまう。おひとりさまスキルが高いのだ。


 だがやはり誰かと食べるご飯は楽しくて美味しいものである。今回のお相手はカピバラのあやかしだと言う変化球だが、意思疎通ができるのだから何ら問題は無いと思える。


 渚沙が知らないあやかしの世界。いろいろなお話が聞けるだろうか。楽しみだ。


 平日の昼間のために空いていたJR阪和線に乗っている時も、ぼちぼちとお客が増え始めるスーパーでカートを押して買い物をしている時も、竹ちゃんは興味深げに目をきらめかせていたが、渚沙の足元でおとなしくしていてくれた。


 ちゃんと付いて来てくれていたし、気が散ることが無かったので助かった。なかなか人間的に常識的なカピバラである。


 そうして無事に家に帰り着く。2階の住居エリアに行くための玄関は「さかなし」の店内に入るドアの左にある。勝手口の様な小さな目立たない木製のドアである。


 そこを開けると細長いたたきがあり、廊下に繋がっている。それを進むとお店の裏手に出る。そこに店内に繋がるドアと、2階への階段があるのだ。


「うちな、1階でたこ焼き屋やってんねん。この前お祖母ちゃんの後を継いでな」


「たこ焼きとは、確か大阪の名物だったカピな」


「そうやで」


「竹子、たこ焼きを食べてみたいカピ。まだ食べたことが無いのだカピ」


「そうなん?」


 竹ちゃんの意外な言葉に、渚沙は目を丸くした。何でも食べられると言っていたから、大阪だとどの街でも食べられるたこ焼きなどは、すでに経験済みだと思っていたのだった。

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