逃避行
ヤミーバッファロー
1
久しぶりに来た東京駅は、様々なお土産屋さんと観光客で溢れかえっていた。スマートフォンを片手に辺りを見渡し「東北新幹線」の文字を見つけると走り出した。海外の家族連れ、学生服を着こなす団体、ベビーカーで瞳を閉じている赤ん坊。視界に映る人間全てが鬱陶しく感じてしまった。
新幹線に1人で乗るのは初めてだった。高校生になったとはいえ初めてすることは緊張してしまう。スマートフォンを握りしめる左手は冷えていて、重いリュックを背負っていたので肩甲骨はジンジン痛みを増していくのが分かった。 改札前まで着いたので父親からのメッセージを見返す。
「チケットはお前のICカードと紐付けだから、改札ではそのままタッチして入りなさい。21番線6号車。車内販売はあるか分からない。」
可愛らしいクマのスタンプと共に送られてきたメッセージを見て胸が痛む。きっと父のことだ。私を和ませようと慣れないスタンプを送ってくれたのだ。
ICカードを改札にタッチすると、ピッという音と共に私はドアは開いた。なんだか、改札を通ってしまうともう戻れない気がする。何かの境界線を超えてしまったようだ。21番線を見つけると、ホームへ上がるエスカレーターに乗った。ゆっくりと上がっていく。目の前に立っている背広を着た男性は右手にレジ袋を持っていた。半透明のその袋の中からは「ツナマヨおにぎり」と文字が認識できた。確かホームにコンビニあった気がする。曖昧な記憶を頼りに考えていると、あっという間にホームへ私は辿り着いた。新幹線の到着を合図するアナウンス。人の話し声。隣のホームから聞こえる出発のメロディ。色んな音が重なって作られる不協和音は私の頭をガンガン痛めつけた。ホームにあるコンビニでイヤホンを買おう。それからお菓子を買おう。エスカレーターとは反対側にコンビニらしき建物を見つけ足を進めた。
ツナマヨおにぎり。あとサンドイッチ。そうだなー。チョコレートも食べたいな。気になったものを手に取る。お金なんて気にしない。気にしてはいけない。今日からは、私を甘やかしたい。
「お願いします。」
と選びぬいた商品を渡すと、店員さんはひとつひとつの商品のバーコードを読み取っていく。ぼんやりとその動作を眺めていると、イヤホンを買い忘れたことを思い出した。レジの右横の電子機器コーナーにはイヤホンやモバイル充電器が売っていた。
「あっ。これもお願いします。」
黒色の有線イヤホンを渡すと「かしこまりました。」と店員さんは商品を受け取った。
「4873円です。お会計は現金でよろしいですか?」
値段を見ないで衝動で商品を買ってしまったことを初めて後悔した。まだ自分を甘やかすのは早いのかもしれない。
6号車の列に向かうと既に数名並んでいた。後ろに並ぶとスマートフォンを取り出す。
「いまホーム。」
と文字を打ち込み、時刻を確認する。
「あと6分で出発だから。」
スマートフォンを持ち始めたのは中学3年生の冬頃たが、フリック入力にはだいぶ慣れた。すばやく文字を打ち込むと送信ボタンを押した。唾を飲み込む。新幹線がホームに入り込む。それに伴い強風が吹く。私の髪はふわっとなびいた。喉にナニカが引っかかる。何度唾を飲み込んでも詰まるナニカ。不意に涙腺が緩み鼻がツンとした。前に並んでいた客との間がいつの間にか開いていて駆け足で距離をつめる。ドアが開き、新幹線に足を踏み入れた。
わたしは、今から小さな逃避行を始めようと思う。なぜ小さな逃避行なのかというと、私の正義感は強いからである。決められたことは真面目に取り組み、常に普通を貫く。当たり前のことはもちろん、何事もより特化してプラスアルファー出来るようにする。それがわたしのモットーだ。そんなわたしが人生で初めて逃げようとしている。巷の学生が、嫌いな教科の勉強をしないで試験を受けたとは話が違う。わたしは他人を巻き込んで、抱えているものを捨てて、遠い場所へと逃げているのだ。
この逃避行が人生を左右したとしても、後悔はない。自分が自分らしくいるための大切な手段だから。
逃避行 ヤミーバッファロー @fyame_
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