あざとかわいい木藤さんは、今日も仕事をサボりたい。

葵葉みらい

俺と木藤さんのコンビニバイトな日常

第1話 木藤さんはゴミを投げに行きたくない

 いくら温暖化だとは言っても、さすがに10月にもなれば昼でも肌寒い。

 ここ北海道のコンビニでは、とっくにあったか~い肉まんやアツアツのおでんが売っている季節だ。今日のように雨が降ると一層寒さが増す気がして、ついに長い冬がやってきてしまったのかと気が滅入る。


 そんな寒空覆う北国で、俺――高梨恵実たかなしめぐみは働いている。

 働いているといっても、コンビニのアルバイトだ。一応本業は学生ということになっている。勤労勤勉容姿端麗な日本男児、ということにしておこう。


 ちなみに彼女はいない。いないというか、できない。生まれてこの方、できたことがない。勤労勤勉容姿端麗スポーツ万能なのに、おかしいほどにモテない。

 そう、つまりこの世の女は男を見る目が腐っているということだ。それか、俺から放たれるイケメンオーラがすごすぎて女の子が話しかけられないに違いないね。


 ……嘘です。ちょっと……すごく盛りました。よくよく考えたらモテる要素なんてなんにもありませんでした。ただのモブでした。

 ――と、俺のことはどうでもいいのだ。

 この物語の主役は、俺ではなく木藤さんなのだ。木藤さんの話をしよう。


 木藤さんは最近入ってきたバイトの後輩だ。大学1年生で……とにかくあざとい女の子だ。

 どこがあざといかって、まず名前からもうあざとい。きふじさんではないのだ。「きとう」さんなのである。

 彼女の名札を見た男性客はまず間違いなくいやらしい想像をするだろうが、残念ながら彼女の名前は亀の頭でも鬼の頭でもない、「木藤」さんなのである。

 ……いや残念ながらってなんだよ。


 次に、その見た目がとてもあざとい。

 背丈はちょっと低めで、顔立ちにもまだ幼さが残っているのだが、髪は大学生らしく茶髪に染めている。

 茶髪といっても、ほんのり赤っぽくて……もみじ色とでも言えばいいだろうか。

 得も言われぬ色合いの綺麗な髪をポニーテールにして(この時点で十分にあざといのだが)、前髪を半分ほど横に編み込んで、それをキラリと光るピンで留めている。

 ただのバイトのためにそんな女の子っぽい髪型をしてくるのが超あざとい。


 それに加えて……。

 いや、だらだらと俺が説明するより、実際に見てもらった方が早いだろう。

 これから俺が語るのは――俺とあざとい木藤さんとの、他愛もない(主に俺がもてあそばれる)日常の物語だ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「誰だよこれ発注したやつ……」


 俺は棚の横にたんまりと積まれた段ボールの山を前に、そいつらの処理方法を考えて辟易へきえきしていた。


 コンビニというのはとにかくスペースがない。ましてうちのような駅中えきなかのコンビニになると、バックヤードなんてあってないようなものである。

 だから毎日少量ずつ発注して在庫が溢れないようにやりくりしているのだが、適当なやつが発注すると、棚に入りきらない商品で事務所内が埋め尽くされることになる。

 さすがに足の踏み場が無くなるのは困るので、俺は頭を捻りながら、無いはずの空間を生み出す方法を考えていた。とはいっても、俺には魔力も超能力も無いわけで、結局物理的にねじ込むことになるのが目に見えているわけだが。


 一方木藤きとうさんはというと、エアコンの送風口の下にほけーっとつっ立って、手をさすさすしながらぬくぬくしていた。

 あったかそうだなおい。


「あのー、木藤さん?」


「なんですか~」


 呼ぶと、木藤さんはとろ~んととろけそうな声で返事をした。


「暇なら、ゴミ捨ててきてくれないかな?」


「え~? 暇じゃないですよ~。あったまるのにいそがしいんですぅ」


 ふにゃふにゃとふやけたような顔で訴えてくる木藤さん。

 これが男だったら一発殴っているところだが、俺は紳士なので笑顔でこう返す。


「忙しいところ悪いんだけどさ、俺もちょっと手が離せなくて……やってくれたらありがたいなー、なんて」


 木藤さんはう~んと小首を捻って、「あ」と呟く。


「先輩、今日雨降ってますね~」


 なんだ急に……?


「わたし、かさ持ってきてないんですよ~。降ると思ってなくてー」


 と、上目遣いで見つめてくるが。


「今日は朝から雨だったけどね」


「え……えーっと……わたしが来たときはたまたま降ってなかったんですよぉ。たまたま~」


 女の子が「たまたま~」はあざとすぎると思います。タマタマ。


「大丈夫。事務所に忘れ物の傘いっぱいあるから」


「ぐぬぬ……」


 木藤さんは俺の反撃に表情を歪めるが、まだまだ諦めない。今度はコホンとわざとらしく咳をして、


「わたしちょっとかぜ気味なんですよね~。あー、これで濡れちゃったら寒くて悪化しちゃうかもです~」


「いや、ちょっと外に出るくらい大丈夫でしょ」


「あ~! 知ってますか先輩、そういうの、セクハラって言うんですよ~?」


「……?」


「職場の先輩にぃ、雨の中無理やりゴミ投げに行かされてぇ、体調崩しちゃったって、ニュースになっちゃいますよ~?」


 たぶんこの子はパワハラって言いたかったんだろうけど、指摘しないでおこう。木藤さんはこういうアホの子なところもあざといのだ。

 にしても、今どきセクハラとパワハラの違いも知らないとか……平和な人だねっ☆


「ちょっと~、なに笑ってるんですかー! とにかく、今日は先輩がいってきてください!」


 そう言ってレジの横にまとめてあったゴミ袋を俺に押しつけてくる。

 そのむすっとした顔の可愛さに免じて行ってあげてもいいのだが、


「いや、俺は品出しを……」


「大丈夫です! いそがしくなければわたしがやっておくので!」


 返事だけはいいんだよなぁ……この子。


! わたしがやっておくので!」


 うわぁ、なんで2回も言ったんだろうこの子。

 やだ、きっと俺がいなくなったら超忙しくなるわ木藤さん。主にエアコンの前で体を温めることにね!


 しょうがない……行くかぁ……。寒いんだけどなぁ……マジで。


「ゴミ投げてきまーす! 先輩がっ!」


 勝手に事務所の奥にいる店長へ報告する木藤さん。「はーい」と返事が返ってくる。

 そうだね! 報連相ほうれんそうは大事だからね! 鉄分たっぷりで貧血予防にもなるしね!


「先輩……?」


 俺が心の中で、これからはこの子のことを「ポパイ木藤」と呼ぼうか、というかポパイってなんかオッパイみたいで響きがいやらしいなとか考えていると、木藤さんはくりっと小動物のような目で俺の顔を覗いていた。


「なに?」


「早くいってきてください♪」


「あ、はい」


 はいはいわかりましたよ。投げてくればいいんでしょ、投げてくれば。

 ……投げる? 待てよ……ひらめいたぜ!


「木藤さん」


「はい?」


「ヘイパス!」


 ――ぼすっ。


「てわぁ!?」


 俺は木藤さんのお望み通り、手に持っていたパンパンのゴミ袋を彼女に向かって投げてみた。しかし、彼女はなぜかそれを避けて、まるで俺を軽蔑するかのようなまなざしを向けてくる。


「なにやってるんですか……?」


 マジだった。マジのトーンで引かれていた。


「いや、投げろって言うから」


「はぁ……?」


 マジだった。マジでキレられる5秒前の表情だった。木藤さんのこんな顔を見たのは初めてだった。

 ……正直めっちゃ怖いです。


「ふざけてないで早く行ってきてください」


「……はい」


 俺は投げ捨てられたゴミ袋を拾い、ちょうど入ってきたお客さんと入れ替わりになって店を出た。

 「いらっしゃいませ~」という木藤さんの温かい声が、俺の背中に突き刺さる。

 駅の外に出ると、雨と風が相まって、凍てつくような寒さに感じられた……。


 みんな、「ゴミを投げろ」って言われても本当に投げちゃだめだぞっ! じゃないとおにいさんみたいに路傍ろぼうのゴミのような扱いを受けることになるよ! これで喜んじゃうほど僕はドMさんじゃないよぅ!


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 案の定、俺がゴミ捨てから帰ってきても品出しは1ミリも進んでいなかった。

 木藤さんいわく、お客さんがいっぱい来て本当に忙しかったらしい。その真偽は疑わしいが、まあそうだったということにしておこう。


 うちのコンビニは24時間営業ではなく、通勤客がまばらになる8時半には閉店する。そこから閉店作業を色々やって、シフト上では9時には上がれることになっている。

 シフト上では、ね。


「ああ……結局残業かよ……」


 営業時間中に終わらなかった仕事は、こうやって閉店後に自分たちで処理することになるのだ。じゃないと次の朝に入るオバ様方にガミガミ文句を言われてしまう。


「まあまあ~」


 適当に相槌あいづちを打ちながらも、木藤さんはバリバリ段ボールを開けて、パッパとお菓子を陳列している。

 普通に仕事はできるんだよなぁ……この子。


「閉店前からもうちょっとやってくれたらね……早く帰れたんだけどねー」


 俺はまたパワハラだのモラハラだの言われないように、なるべくやわらか~い口調でさとしてみる。


「いいんですよー。どうせ電車くるまで時間ありますしー」


 君はそうかもしれないけどね? おじさんは早く帰ってアニメを見ながら2日目のカレーを食べたいの!


 そんな俺の気を知ってか知らずか、木藤さんは一度手を止めて俺の方を向く。


「それにわたし、こうやって先輩としゃべりながら仕事するの、結構好きなんですよねー」


「な……っ!?」


 破壊力抜群のにっこり笑顔だった。


「あ、先輩赤くなった~」


 ――とまあ、木藤さんはいつもこんな感じなのだ。

 本当は仕事ができるくせに、めんどくさいことは全部俺に押し付けて、お客さんがいないときはレジの中でほけーっとしていたり、せっせと仕事に励む誰かさんのことを観察していたりする。

 つまり、俺は完全になめられているのだ。先輩の威厳もクソもない。ただのいい小間使いとしか思われていないに違いない。

 だから一回ガツンと言ってやりたいと常々思っているのだが……どこか憎めないところがあって、その楽しそうな顔を目の前にすると、つい甘やかしてしまう。

 つまり……なんだ。俺が言いたいのは、こういうことだ。


 木藤さんは今日もあざとかわいい。

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