マッチポンプヒーローズ~異世界帰り勇者(黒幕)は弟子のヒーロー達に倒されるのを待っている
暇男
第1話 燃え尽き勇者と自殺少女
THE END
薄暗いゴミ部屋の中でモニターにそう映った。
俺の名前は
今は異世界から地球に戻ってきてゲームクリア後の暮らしを楽しんでいる。
「今日はもうゲームオーバーだな」
俺はあくびをして床に散乱するゴミの上に倒れた。火照る目を瞑る。
強化された肉体を持つ俺でも流石に100時間以上ぶっ通しでRPGゲームをするのは疲れるようだ。
物寂しいオルゴール音が鳴るエンディングをぼんやり眺めていると画面から人の顔が出てきた。
いや、人というには些か顔が小さい。まるで人形だ。
「勇者様、また引き籠もってゲーム三昧ですか」
彼女は妖精、名前はフェイ。俺の相棒だ。さらに言えばもう一人の俺でもある。俺の魔力を糧とする精霊だ。
俺は寝ながら反応せず、ポケットからタバコを取り出した。
<発火>
念じると指先から魔法の火が出る。マンションの部屋の中を紫煙が漂い、換気していない空気がさらに淀んだ。
「勇者様、こんな堕落した生活をいつまでも続けるなら、私にも考えがありますよ」
フェイは「最終警告です」と言いながら、俺の顔の前まで近づいてきた。
まぁ彼女が怒るのも無理はない。
俺は5年前に地球に戻ってきたが、それからずっとゲームばかりのニート生活だ。流石に痺れも切らすだろう。
でも特に何もする気にならない。
だってそうだろう?クリア後のゲームは消化試合だ。数行で語れるストーリーしか残っていない。
15歳で異世界に召喚された勇者は20年かけて魔王を倒し、元の世界へと帰りましたとさ。その後は?
妖精の顔に煙を吹きかけると、彼女は小さく悲鳴を上げ、虹色の光となって霧散した。
俺はテーブルの上にある写真立てを手に取る。
父と母、そしてまだ中学生だった頃の俺が笑顔で映っていた。
地球に戻されてから、俺はまず親を探した。しかし二人は既に他界していた。
両親は晩婚だった。一粒種の俺がいきなり失踪してショックだったことだろう。
この世界で俺を待っている人はいなかった。
「腹減ったな」
飯を買いにコンビニにでも行こう。今は夜だがここは便利な世界だ。
俺は働いていないが、幸い金はたくさんある。
<宝物庫>
虚空に腕を伸ばすと指先が消えた。腕を引っ込めると再び現れた指が1万円札を掴んでいる。
空間収容魔法、通称アイテムボックスには異世界で入手した貴金属が腐る程入っている。
だから金には困らない。仮にこれを全部売りさばけば少なくとも数百億円にはなるだろう。
金に困らないことは数少ない良いことの一つだ。
働こうと思っても中学のときに異世界に行ったから実質小卒だし、やる気がないし、なによりこの容姿でまともな仕事は無理だ。
俺は玄関に行って鏡を見る。そこには40歳のはずなのに未だに20歳くらいに見える筋肉質な男が映っていた。
容姿の何が悪いのか?
まず左目に縦にザックリ傷跡がある。傷のせいか左目の瞳は赤い。
髪はなぜか半分だけ真っ白だ。魔王を倒したときに呪ってやると言われてこうなった。しょっぱい呪いかけやがって……
何より最悪なのは額の紋章だ。俺を異世界に送った性悪女神の紋章、天使の翼が刻まれている。
異世界だと顔に呪印を入れている魔術師がいるのでそこまで違和感はないが、日本だと痛いやつとしか思われない。
俺はサングラスをつけ、フードを被ると外に出た。
濁った部屋の中と違って、夜のひんやりした空気は美味い。
深呼吸していると、頭の中に声が響いた。
(コンビニではなくファミレスに行きましょう。グラタンを食べたいです)
フェイが俺の中から念話で話しかけている。
彼女は精霊、俺の魔力の具現化、意志を持った魔力の集合体だ。
俺の体に自由に出入りすることができるし、俺の分身なので意識すれば感覚も共有できる。
しかしファミレスか。ちょっと遠くて面倒だな。
(最近新しいのができたんです。私が案内しますよ。こっちです)
フェイは俺の中から飛び出すと、虹色の翅を軽く羽ばたかせて先導し始めた。
俺がゲームをしている間、フェイはそこら中を飛び回っている。
魔力が目覚めていない人には精霊が見えないし、彼女は壁も通り抜けられるので、好き勝手探索しているようだ。
異世界で生まれた彼女にとって日本は好奇心の尽きない場所だ。それは5年経った今でも変わらないらしい。
まぁ一度占い師の婆さんとやらに見つかって騒動になったが、そのときは婆さんがボケたということで事なきを得たそうだ。
しばらく歩いていると工事中のビル群がある一角にたどり着いた。
通りの向こう側まで工事現場が続いている。夜なこともありこの辺りに人気はない。
ぼんやり建設中のビルを見ているとフェイが話しかけてきた。
「勇者様、シント計画を知っていますか?」
シント?なんだそれはと疑問に思っていると妖精が説明し始めた。
なんでも都市開発計画だそうで、新都、つまり新しい都市を作るという意味だそうだ。
「地価が高くて開発が停滞している大都市から離れた場所に、政府主導のモデル都市を開発していく計画です」
さらにモデル都市間はリニア鉄道で繋ぎ、例え東京から大阪まで離れていても約1時間で移動できる。
移動時間の短縮で都市間の距離は概念的に短くなり、狭い土地に縛られる都市集約型の人的リソースは開放される。
田舎から都市圏に通勤することも可能になり、地方経済は活性化し、地方に支えられて都市圏も活性化するというわけだ。
フェイによると、ここ
「まぁしかし、光があれば影もありです」
莫大な開発金の一部を懐に収める腐敗した政治家。強引な開発による地上げ屋の需要。
これにより最近は都市部で干からびているヤクザや外国人マフィアが光に吸い寄せられた虫のように群がっている。
さらに彼らは地元の半グレや不良と接触し、怪しげな組織や暴走族が増えているようだ。
「……はたまた宗教団体や開発反対の活動家まで支部を出して街の裏側は混沌化しています。治安が悪くなるなら勇者様の出番じゃないですか?」
「いや警察の出番だろ」
日本の警察は優秀だ。こんなに治安の良い国も珍しい。
もっとも異世界では魔物が跋扈していたので、向こうと比べれば地球の国は戦争でもない限りどこも安全だ。
そして人同士の争いに勇者なんて必要ない。魔王はもういないのだ。
どうにかして俺のやる気を出したいと思っているフェイには悪いが、俺の戦いはもう終わっている。
そして終わりは決して良いものでは――と、思っているとフェイが突然「勇者様!」と大声を上げた。
視界が突然変化する。精霊との感覚共有だ。フェイの目を通した世界が映っている。
通りの先、開発中のビルの上が拡大された。
剥き出しの鉄骨の上に黒い何か。あれは人か?
長い髪が風にたなびく、両手を広げた、体が前に傾いて落ちる、飛び降り自殺。
<時間停止>
念じると世界の動きが止まった。人影も空中で静止している。
時間を止める魔法は魔力消費が激しいが、停止中の世界に強く干渉しなければある程度魔力を節約できる。
俺はさらに魔法を唱える。
<透明化> <浮遊> <風の障壁>
凍った時間の中、なるべくゆっくりと浮かび上がる。
ビルと同じくらいの高さまで上がると、サングラスを外した。
「フェイ、合体だ」
虹の妖精が俺の体に飛び込み、魔力が解放される。
七色の光の粒が停止した世界に舞った。
<勇者の翼>
背中から翼が生え、全能感が体を満たす。こうなるのも久しぶりだな。
時間停止の魔法を解除する。再び豆粒大の人影が落下し始めた。
だけどもう準備はできている。
翼を大きくはためかせ、俺はビルに向かって音速一歩手前のスピードで飛び出した。
翼の魔力を推進力にしてハヤブサのように滑空する。分厚い空気の壁を切り裂いていく。
正面に張っていた風の障壁が軋みを上げる。一陣の風が入り込みフードが後ろに吹き飛んだ。
人影がどんどん大きくなる。女が髪を舞い上がらせながら落ちている。
1秒ちょっとの時間で側までたどり着いたが、このまま受け止めると衝撃がやばい。
俺は落下地点に先回りして着陸した。
<重力操作>
魔力が波打って急速に広がり、空間に干渉する。
重力が弱くなり、舞い上がっていた女の髪が落ち着いた。ゆっくりと降りてくる。
俺は透明になっている体で落ちてくる女を受け止めた。
彼女の顔に手をかざす。
<催眠>
催眠魔法で眠らせて終了だ。
ふぅ、流石に4徹でしんどかったが、なんとか間に合った。
目を瞑っている女の顔を覗く。まだ幼い、10代中頃の少女だ。制服を着ているし学生だろう。
透明化しているがバレたら面倒だ。警察に通報して逃げよう。
俺は眠った少女を地面に横たえ、透明魔法を解除して去ろうとした。
「あなたは誰?」
現場を去ろうとした俺の背後から少女の声が聞こえた。
馬鹿な……眠っていない?俺の魔法に抵抗したのか?
魔法は術者の魔力が相手より高いほど成功しやすい。つまり抵抗されたということは彼女の魔力は勇者である自分に匹敵するほど高いことになる。
俺は日本に戻ってから初めての脅威を警戒しながら振り向いた。
そこには狂気的な笑みを浮かべ、目を見開いた少女がいた。
「あなたは誰?神様?私は選ばれたの?私は聖女?異世界に連れて行ってくれるの?チートは魔法使い放題が良い!それから不老不死で美人になって強くて格好良い従者がいて――」
<時間停止!>
俺は迫りくる少女に言いしれぬ恐怖を感じ、思わず時間を止めた。
少女が動く気配はない。
一つ深呼吸をする……フェイ、彼女は一体何を言っているんだ?
(最近、異世界転生系の物語が人気なんですよ)
精霊が言うには彼女は死後に神様か何かに出会って転生できると思っているようだ。
まぁ実際俺も異世界転移はしたので、転生というのもあるかもしれないな。
でも異世界か。あまりおすすめはしないが……
それはそうとなぜ彼女は催眠魔法に抵抗できたんだ?
妖精は俺の体から飛び出し、少女の額に触れた。
「鑑定しましたが、どうやら彼女は闇属性の魔力を持っているようですね」
げっ、闇か。
闇の特性は吸収、魔法抵抗力の高い属性だ。もしかしたら少女は死に瀕して魔力覚醒したのかもしれない。
異世界では魔力を譲渡されるか魔物を倒して覚醒するが、この世界でも稀に目覚める人がいる。フェイを見つけて騒いだ占い師のように。
それはともかく厄介なのは闇使いの性格だ。
魔力属性は精神に密接に関わる。火属性であれば熱情的な人、氷属性であれば冷静な人が多い。そして闇属性は……
「盲信的な人ですね。芸術家も多いですが、邪神の狂信者や死体愛好家のネクロマンサー……そして魔王。厄介な方が多いです」
俺は異世界の嫌な思い出を振り払うように首を振った。
ちなみに俺の属性は元々風だったが、魔物を倒して精霊が進化したし、精霊王達とも契約したので全属性使える。
風使いの性格?まぁ明日は明日の風が吹くというか、大雑把で気まぐれというか、そんなところか。
「それより彼女をどうするんですか、勇者様?」
どうするって適当に誤魔化して逃げるとか?
俺の反応を見た妖精はやれやれと肩をすくめた。
「こんなに期待させておいてですか?また絶望して自殺してしまうかもしれませんよ。盲信的な人ならなおさらです」
……それはあり得る。思わずため息が出た。
どうやらこれは俺が思った以上の厄介事なようだ。
そもそも彼女はなぜ自殺しようとしたのか?とりあえず話を聞くか。
俺は時間の呪縛を解いた。
「――それからできれば伯爵以上の貴族生まれでお金はたくさんあって……」
「ちょっといいかな」
俺は掌を少女の前に突きつけて勢いを止めた。
目がギラギラして怖いから少し落ち着いてくれ。
「それより君のことが聞きたい。何か辛いことでもあったのかな」
「うん。きっと神様の手違いで酷い人生になったんだろうけど大丈夫。私は怒っていないからいいよ。チートをくれるなら許してあげる」
「ああ、うん、そうだよね……」
え?チート?何を言っているんだ?
まずい、話が全然通じないぞ。フェイ助けてくれー!
思わず助けを求めると念話が頭に響いた。
(とりあえず彼女の話に合わせて糸口を探せば良いのでは?)
なるほど。良くわからんが北風と太陽みたいな感じか。
俺は風の方が得意だが火も使える。
軽く深呼吸して心を落ち着けた。
「そう、チートね。あー、君には闇の素質がある」
「闇!格好良い!私、闇魔法を極めて強くなりたい!そしてダークヒーローになる!」
「ダークヒーロー?……ああうん、そうだね。闇は格好良いよね」
少女は両手を握りしめて笑顔で盛り上がっている。
闇の何が良いのかさっぱり分からないが、彼女にはウケたらしい。
「そう、闇……闇を操るには闇を知る必要があるよね。君はどんな闇を持っているんだい?」
「私の闇?」
少女はうつむくと先程までのハイテンションとは打って変わってボソボソと話し始めた。
両親が亡くなったこと、親戚の家に引き取られたけど居場所がないこと、小説やアニメが生きがいないこと、学校でいじめられていること。
うっ……重い、魔物を退治しろとかなら簡単に解決できるが、俺はこんな問題と戦ったことはないぞ。戦いは得意だが人生経験は浅いんだ俺は!
やがて少女は語り終えると、負のオーラを出しながら体育座りになって固まった。
これは気不味すぎるぞ。フェイ!助けてくれーー!
(勇者様なら助けられますよ)
俺が?どうして?
(だって勇者様はなんだってできるじゃないですか)
なんだってできる?
(そうです。いつもは力を抑えてますけど、やろうと思えば世界征服だってできるじゃないですか)
いや、まぁ力的にはそうだけど、これは精神的な問題なのでは?
(同じですよ。環境が変われば精神だって変わります。勇者様が環境を変える力を与えれば良い)
力ね……いじめっ子を倒すくらいの力は与えられるが。どうする?
待てよ。俺がいじめっ子を倒すか?いやいや、流石に事案か。彼女にとばっちりがいったら困るしな。
それに俺が彼女の人生の問題を解決していくのは根本的な解決にはならないだろう。
では彼女に力を与える?それも面倒なことになりそうだが、誤魔化しは効くか?
……魚を与えるよりは釣りの仕方を教えた方が良いか。
まぁ乗りかかった船だし、彼女を見捨てるのも目覚めが悪い。
少女に力を与えてそれとなく導き、問題が解決したら適当なところで切り上げよう。
結論を出すと、いつの間にか少女がこちらを見ていた。
「ねぇ、あなたは誰なの?神様じゃないの?」
「俺か?俺は異世界帰りの――」
ダークヒーロー?いやダークはいらないだろ。ヒーローで良い。
「――ヒーローだ。次のヒーローを探している」
俺は少女に手を差し伸べた。
「君が次のヒーローになってくれないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます