後継者が必要な伯爵家と孫の顔が見たい子爵家の結婚

井上佳

最期は……

後継者が必要な伯爵家の嫡男パウロが、最後に孫の顔が見たいという病気の父の願いを叶えたい子爵令嬢イデアと結婚した。



出会いは王城の夜会だった。



結婚することに焦っていた2人は、その空気を感じ取ったのか、目が合った瞬間『この人だ!』と思った。


お互いの素性を打ち明け、すぐにでも結婚しようという話でまとまった。



「君を愛しているわけではないが、いいか?」


「ええ、もちろんです。私の願いを聞き入れてくれてありがとうございます。」



ほんとうは、イデアは恋愛結婚に憧れていた。


しかし、父の願いを叶えるためにすぐにでも結婚する必要があり、恋愛をしている時間がなかった。


それから、婚約をして伯爵家での礼儀見習いを半年ほど務めたイデアは、現当主に認められパウロとの結婚が成った。


余命幾ばくもない父に、早く孫の顔を見せたいと思っているイデアは、初夜からパウロに頑張ってもらい、めでたく懐妊、出産の運びとなった。

お互いに愛はないが、子どもに対するそれはあったのか、2人はとても喜んだ。



「お父さま、私はパウロ様と結婚できて幸せです。なにも心配いりません。」


「ありがとう。ありがとうイデア。」



そうして父は他界し、継ぐものが居なかった子爵領は、パウロのターリ伯爵家で預かることとなった。


父は、自分が孫の顔を見たいと言ったから、イデアがそれを気にして無理に結婚したことを知っていた。

自分が何か言うことで、結婚をする気がなくなったら、ほんとうに孫の顔も見れずに死ぬことになるのが嫌で、何も言えなかったのだ。


娘は愛のない結婚をして、それでも幸せだと言って送り出してくれたことを感謝した。



その後、子どもはすくすくと成長し、後継者としての勉強も始めた。



「おとうさまとおかあさまは仲良しですね!」



必要に駆られて急いで決めた愛のない結婚だったが、イデアもパウロも子どもが可愛かった。

金銭面でも精神面でも不自由ないよう育てよう、と子どもの前では愛し合う仲良し夫婦を演じていた。それは、2人の優しさだった。



イデアもパウロも、我が子セストを完璧に騙せていると思っていた。


しかし、セストは両親の間に愛がないことを知っていた。


『仲良し家族』なのだ。一緒にいる時間が長ければ違和感に気づく。


成長していくセストは、違和感の正体が『嘘の愛』ということを知ったが、それをまわりに言うことはしなかった。



セストは、自分の環境に満足していたのだ。



両親の自分に対する愛はほんとうだと思ったし、自分の前では仲良し夫婦を演じてくれている。


それが、自分のためだということも理解した。



歳の近い子どもと遊ぶと、親に対する愚痴がよく出てくる。

いつもケンカをしている、お父さんは浮気している、機嫌が悪いと自分たちにあたり散らす。



ターリ伯爵家では、決してそのようなことはなかった。


自分には優しい両親。


愛がない結婚だったのだろうが、自分を愛してくれているからどちらも浮気なんかしていない。


ほかの家の子どもは、ターリ家が仲良しなのを羨ましがっていた。



なので、うちはこのままでいいんだ、と思った。



時が経ち、子どもが成人を迎えた頃。


セストは、家を継ぐ前に社会勉強として王宮に勤めるようになった。

伯爵令息として恥ずかしくないほどの手腕で、最初は文官からだったが、数年で重要な地位までのぼりつめた。


王宮の宿舎に部屋をもらっていたが、セストは両親と仲が良かったのでよく実家に帰っていた。



「セストの仕事っぷりを、よく褒められるよ。」


「あなたは自慢の息子ね。」



家族揃って食事をする。何気ない幸せ。




やがて、両親も引退の頃になると、セストは家を継ぐためにターリ伯爵家に戻ることになった。


王宮で出会った可愛い恋人を連れて。



「愛し合う2人に、文句なんてないわ。」


「そうだ。好きな子と結婚するのが、一番の幸せだからな。」



平民だった彼女を連れていくのに少し不安はあったけれど、セストは両親なら認めてくれると思っていた。



そうして、セストは愛する人と結婚し、家を継いだ。



2人の子どもが産まれて数年後、イデアとパウロは流行病で亡くなった。





2人は、屋敷の寝室のベッドで、手を繋いでいた。






「お父様とお母様は、とても愛し合っていらしたのね。」



葬式の夜に夫人がそう言うと、伯爵はとても嬉しそうだったという。

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後継者が必要な伯爵家と孫の顔が見たい子爵家の結婚 井上佳 @Inoueyouk

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