えろいこいびとの巻

難読?

 漢字の読みというのは難しい。

 訓読み音読みだけではない。音読みでも語が伝わった時代によって音が変わったりする。

 慣用読みというのもあれば、慣用的に誤用が正しいとされてしまうものもある。


 と、書き連ねてきたところで、私がこれから始めるのはもっとレベルの低い話である。

 私は教員養成課程の出身ではないが、まぁ、同じ学科の人間の大半はとりあえず教員資格を取ろうとするようなところ出身だった。私もその例にもれず、教職課程を履修していた。

 もちろん、途中で櫛の歯が抜けていくように人は減り、教育実習の頃にはかなり目減りしている。

 それでも最初のうちは教職用の授業をとりあえず取るのである。


 教科教育法は、塾の授業のようだった気がする。

 小テストがけっこうあって、不勉強な私たちは毎回こってりと絞られた。


 ある日のこと、小テストでとある作家の読み方が問われた。


 【大佛次郎】


 不勉強な私は、空欄のまま出した。

 頭の中に思い浮かんだ読みは、書くのが恥ずかしかった。

 空欄よりも採点ミス狙いでもいいから埋める、というのは、昔、塾で習ったことであったが、大学でそれをやるのは恥ずかしかった。


 翌週、答案が返ってきた。

 となりの女の子の答案には「だいぶつじろう」と書いてあって、「おさらぎじろう」も知らないのですかと教壇で話す先生の言葉に彼女の顔は真っ赤になっていた。

 ちなみに別の同期(バカ)は源氏の若菜上を「わかなのうえ」と読んで先生に鼻で笑われていたし、それを横で聞いていた私は胸をなでおろしたので、これらの話は私たちがいかにアホであったかを示すものでしかない。


 自分たちのアホさ加減だけを示して終わるのも癪だから、別の人名読み間違いの話も記してみよう。


 大きな書店で書棚を見ていたら、隣に恋人同士のような男女がやってきた。

 どちらかが文学に興味があったのかもしれない。

 書棚には鷗外についての評伝らしきものが並んでいた。


 【森林太郎】

 

 「シンリン・タロウ? 誰? まじウケるんですけど」

 男女どちらが発した言葉かはわからないが、私の腹筋をいきなり攻撃するのはやめてほしいと思ったものである。


 まぁ、もちろん、漢字に限らず知識というのは、一度間違えて憶えてしまうと、どこかで間違いを指摘されない限り、更新されないものである。

 私が習った先生の中にも、ものすごい初歩的な漢字を読み間違えている先生がいて、私たちは毎度それを聞かされても、訂正する勇気などなかった。

 だから、若いうちにはたくさんまちがえるのがいいのだ。

 ダイブツジロウもシンリン・タロウもきっと賛同してくれるに違いない。

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