あの日

ヤミーバッファロー

記録


夏の江ノ島は暑かった。太陽が照りつける砂浜はとても温かく、サンダル越しにもその熱は感じられた。観光客の家族連れや犬の散歩やカップルがいる中、俺はひとりで砂浜を歩いていた。海岸に来るのは久しぶりだった。1.2時間ほど電車に乗らないとここまで来れないというのと、夏は苦手なので本当は行きたくなかった。日傘をしていたが正直意味が無いと感じてしまうくらい暑かった。



片瀬江ノ島駅を降り、人の流れに乗って江ノ島へと向かう。細い路地を抜け大通りに出ると、テレビや雑誌でよく見るあの緑に包まれた島が見えてゾクゾクした。ようやくここまで来れた。信号待ちで立っていると視界がグラッと揺らいだ。身体の平行感覚がなくなり隣に立っている人に当たってしまった。


「すみません。」


会釈をする。どうやら相手は私の声に気付いてないようだ。今日は酷暑だ。とても暑い。元々身体が弱く暑さにダメージを受けやすい私は現時点でかなりしんどかった。さらに夏休み期間というのもあって人で溢れ返っている。そのため人酔いまでしそうだ。青信号になり人は足を前へ動き始める。人の流れに押されて私も歩き始める。あと少し。あと少しで私は会える。そう、自分に言い聞かせる。大きな橋を歩いている最中、ふと自分の腕を見た。赤くなっている手首はこの暑さのせいだろうか。それとも、他に理由があるのだろうか。橋の半分ほどを渡り切った時、足は重く先程より遅いペースになっていた。


「つらい、長い。」


口から溢れる悲しみ。前にいたはずの子供連れはいつの間に遠くの方を歩いていた。もう無理かも。そう思った瞬間、足は動かなくなっていた。足に鉛が絡み付いたかのように、ビクともしなかった。後ろを振り返り「すみません。」と言おうと思った時、私の身体を人が貫通していた。恐怖のあまり呼吸の仕方を忘れた。苦しい。呼吸をしなければ。口を大きく開け空気を吸い込む、吸い込みたかった。私の唇は縫い付けられたと疑うほどピターっとくっついてしまった。









「大丈夫?お兄さん。」


肩を揺さぶられ目を覚ました。仲の良さそうな男女は俺を不思議そうに見つめた。


「すみません。俺寝ていましたか?」


俺が尋ねると、淡い瞳でお姉さんは見つめた。ちょうど夕焼けも相まってその瞳が綺麗だなと思った。あとほんの少し懐かしさを感じた。


「お兄さん座って海見てるかと思ったら、急に横に倒れたんだもん。そりゃ心配になるよ。寝てたならよかった。」



「気をつけて帰るんだよ。」と男女は去っていった。服についた砂をはらいながら立ち上がる。その時ナニカが喉元を込み上げてきた。懐かしく温かいナニカ。

頬をペチペチと叩き、瞬きをする。


「帰るか。」


そう呟いた時胸元がスッと軽くなった気がした。なんだか今日は不思議な体験をしたな。


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