第48話
「食え」
キャンディスはそう声をかけられて唇を噛みながらと顔を上げた。
食え、というのは目の前にあるケーキのことだろうか。
チラリと確認するとヴァロンタンはキャンディスにずっと鋭い視線を送ったままである。
(食べなきゃ殺される……!たとえ毒入りだとしてもっ)
キャンディスはよくわからないままヴァロンタンに言われた通りに紅茶に口をつけた。
それからケーキを皿に取ってもらいフォークですくって一口、口に運ぶ。
緊張から味がしないと思いきや、口の中に広がるいい香り。
シェフが違うからなのか、高級感のある大人びた味にキャンディスは頬を押さえた。
「むっ……!」
ホワイト宮殿のシェフたちは最近、キャンディスとアルチュールの健康を気遣ってか、あまり刺激の強い食べ物は出さない。
甘いものもおやつの時間に適度にはもらうものの、中身が子どもではないため少し味は物足りない。
砂糖がたっぷりのクリームはビリビリと脳を刺激する。
久しぶりの甘ったるいケーキに美味しすぎて手が止まらない。
クリームの中にあるフルーツが甘酸っぱくて爽やかでいい塩梅である。
キャンディスはあっという間に一つ目のケーキをペロリと食べきってしまう。
満足感に息を吐き出すと、ヴァロンタンの視線は山のように置いてあるケーキへと移る。
(ま、まさか……これをすべて食べろということではないわよね?)
小さめにカットされているにしても、子供には十分な量だ。
しかし折角だからと今度はチョコレートを使ったケーキに視線を送る。
すると給仕の男性が「こちらでよろしいですか?」と、キャンディスに確認をとる。
反射的に頷くとキャンディスの前にチョコレートケーキが置かれる。
美しくデコレーションされたケーキを見て目を輝かせたキャンディスの口に吸い込まれるようにしてケーキは消えていく。
苦味の強い紅茶を飲みながらホッと息を吐き出すと、顎に手を当てながらこちらを見ているヴァロンタンの姿があった。
なんとなく気まずくなって、キャンディスは問いかけるために口を開いた。
「おと……っ、皇帝陛下は召し上がらないのですか?」
お父様、と言おうとして寸前でやめる。
(前とは真逆な対応をしなくちゃ……!そうしないとわたくしはまた死刑にされてしまうのよ)
今回は母親にも父親にも執着しないと決めたのだ。
こうしてケーキを与えられたり、ヨダレを垂らしても許されたりして勘違いしそうになってしまうが、キャンディスが愛されることは絶対にない。
(……だって、わたくしはお父様に嫌われているんだもの)
なんだか気分が沈んでしまい、ケーキが半分乗った皿を置いた。
「俺はいい」
その言葉に大量に余ったケーキに視線を送る。
このケーキをすべて食べられたら幸せだろう。
さすがの満腹感にキャンディスはお腹を擦った。
(あと三個は食べたかったけど、もうお腹いっぱいだわ)
この時ばかりは子供の体が憎い。
(アルチュールにも食べさせてあげられたらいいのに……)
そんな思いからケーキを憂いを帯びた瞳で見つめていた。
僅かに見開かれたバイオレットの瞳。
その後にケーキを指さしているヴァロンタン。
給仕がケーキを皿に取り、音を立てないようにテーブルに置いた、
そして皿とフォークを手に取ったかと思いきや一口、口に運ぶ。
(た、食べたの……?なんでかしら)
先ほど、いらないと言っていたが気が変わったのだろうか。
何故かケーキを食べると「甘いな」と言って、紅茶のおかわりを要求をしている。
(もしかしてわたくしが一緒にケーキを食べたいと思ったから、とか?それで食べてくれたのかしら……ううん、そんなわけないわ)
キャンディスはもしそうならばと思ったものの、すぐに気のせいだと思い直す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます