第32話

ラジヴィー公爵は娘でありキャンディスの母親であるリナを盾に愛情に飢えていたキャンディスをうまくコントロールしていた。


(お祖父様はまたお母様を引き合いに出すつもりかしら。会う前にお母様は死んでしまうけれど、頑なにわたくしに会わせようとしなかったのは何故なの?)


そこでキャンディスはあることを思いつく。

それはいつもの死刑を回避するための魔法の言葉だ。


(お母様のために今まで頑張ってきたけれど、これを反対にしてみると、もう頑張る必要はないということよ!)


今はキャンディスが父のヴァロンタンに首を斬られるまでの記憶は残っている。

処刑されたのが一度目の人生とすると今は二度目。

様々なマナーや立ち振る舞い、レイピアの使い方は五歳ではあるが記憶と共に頭に入っていた。


(もうお祖父様の好きにはさせないわ。わたくしの人生はわたくしのものよ!)


今、持ち合わせている知恵を使って立ち向かってみようとキャンディスはラジヴィー公爵の元へと歩き出した。



「ごきげんよう。お祖父様」



キャンディスがいつものように適当に挨拶するとラジヴィー公爵は立派な髭に触れながら苦い顔をしている。

この頃はキャンディスはラジヴィー公爵から送られてきた講師たちの言うことを聞かずに無視していた。

だから上辺だけのマナーしか知らないはずなのだ。


それなのにアルチュールにマナーを教えていることをジャンヌやエヴァ、ローズに不思議がられていたが、ラジヴィー公爵の前でわざわざ披露する必要はないだろう。

いつものようにソファーに腰掛けて踏ん反り返りつつ、前に置かれたクッキーを頬張る。

一度目で一通り講師たちから叩き込まれたマナーが役に立っているが、今はまだできないままでいい。



「キャンディス……相変わらずだな。講師たちから授業は受けていないと聞いたぞ」


「お祖父様。用件はなんでしょうか」


「体調が悪いというから心配になったんだ。それにいつものように会いたいとも言わないから、わざわざ様子を見にきてやったんだぞ!」


「……そうですか」



ラジヴィー公爵は大きな手のひらでいつものようにキャンディスの頭を撫でた。



「キャンディス、聞きなさい。ワシはお前のために一流の講師たちを用意した。明日からは忙しくなるぞ!己に磨きをかけて今度こそ立派な淑女にしてやろう」


「……!」


「以前も約束した通り、頑張ればお前の母であるリサに会わせてやる」


「…………」


「どうした?マナーを完璧に会得しさえすれば、母親に会えるんだぞ」



キャンディスは笑みを浮かべながらラジヴィー公爵を見た。

いつもなら真っ先に食いつく話題に対して反応が薄いことを不思議に思っているようだ。

キャンディスが知っているのは母親の肖像画だけ。

後に母の形見である金色のペンダントを得るが、それも本当に身につけていたのかはわからない。


(だって……お母様と一度も会ったことないんだもの)


しかし当時はラジヴィー公爵の言いなりで彼の言うことを信じ込んでいたため、母だと思いキャンディスが死ぬまでずっと身につけていたものだ。

こうして対峙してみても、思ったよりもラジヴィー公爵への怒りは湧いて出てこない。

もう母親であるリサとの繋がりを諦めたからかもしれない。


キャンディスにはご褒美とでもいうように一度だけリサからだと手紙が渡されたことがあった。

『キャンディス、愛しているわ』

そう書かれている手紙をずっとずっと抱きしめながらキャンディスはラジヴィー公爵から出され続ける無理難題に答えていたが、今となってはそれも怪しい。


キャンディスは母の繋がりを大切にしていたが今は違う。

それに本当に母が書いたものかはわからないではないか。

もう見えないものに縋り付くような真似はしたくない。


(わたくしが思い通りになると思ったら大間違いでしてよ……!)

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