第30話


九歳で大人の護衛よりも強いのだから当然だろう。

それより恐ろしいのは、剣を極めたマクソンスを徹底的にいたぶって殺したキャンディスのやり方だ。

剣にプライドを持っていたマクソンスは毒を言い訳にしないとわかっていたのだろう。

そして女に負けるということはマクソンスの中であり得ないことだった。

彼を絶望に落としてから最も屈辱的な方法で殺したのだった。


(わたくしったら我ながらなんて恐ろしいのかしら……!でももうわたくしはレイピアは握らないし後継争いには参加する予定はないはず、だから)


そう考えてピタリと動きを止める。

キャンディス自身に力がないままでは後継争いになった時に、簡単にマクソンスかリュカに消されてしまうのではないだろうか。


(でもわたくしもアルチュールのように早々に後継争いから身を引いたら……!)


身を引いたらアルチュールがキャンディスに殺されたように、誰かにやられてしまうのではないか……自分がそうしたように。

そう思ったキャンディスは小さな両手を見た。


(こ、これはわたくしも然るべき時のためにレイピアを身につけて己の身を守らなければならないのでは?それとも、その前に国を出るべきかしら)


しかしキャンディスはまだ五歳だ。

婚約者探しには早すぎるし、最終的な判断は祖父のラジヴィー公爵や父親であるヴァロンタンに委ねられると思うと不安しかない。


ヴァロンタンやラジヴィー公爵がノーと言えば、折角の逃亡の機会も潰えてしまいキャンディスの人生も終わりではなかろうか。

しかしキャンディスはラジヴィー公爵がジョルジュを連れてくる前に手を打たなければならない。

まだ猶予はあるとはいえ、ルイーズがくる前に安心しておきたい。


(ルイーズはある意味、わたくしより性格悪い女だったわ!あの女にすべてとられるくらいなら早くここから出て行ってやるんだからっ)


身を守るためにはまたレイピアを握ることになるのだろう。

しかし今度は人を殺すために使うのではない。


(わたくしは今度、自分の身を守るためだけにレイピアを使うのよ!)


誰かを切り刻む感覚が、体に染みついているような気がした。

今までの罪を償うためにキャンディスはここにいるのだろうか。



「はぁ……」



思わずため息が漏れる。

これからどうすれば正解なのかはわからない。

だが最近、キャンディスが考えた『真逆作戦』がうまくいっているのでこのままキャンディスの未来は変わっているはずだとそう思い込むしかないだろう。


お腹がいっぱいになってクッションに埋もれているキャンディスがウトウトしていると、エヴァとローズが心配そうにキャンディスを覗き込んでいる。



「おやすみのところ申し訳ありません」


「ん……?」


「お客様がいらっしゃっております」



その言葉にキャンディスは半分、体を起こしながら眠たい目を擦っていた。



「キャンディス皇女殿下、ラジヴィー公爵がいらっしゃっていますが……」


「お祖父様が……ッ!?」



キャンディスは勢いよく顔を上げてローズとエヴァを見た。


(つ、ついにお祖父様と会う時が来たのね……!)


キャンディスの元にはラジヴィー公爵からの手紙が月に何通も届く。

そして一週間に一度はホワイト宮殿に会いに来ていた。

それは寂しくてキャンディスが侍女にラジヴィー公爵に頼んで呼んでいたこともあるが、今回は体調が悪いからなどと理由をつけて断りの手紙を送ってもらっていた。


まだ五歳のキャンディスは文字を書く勉強が大嫌いだったので侍女に書かせていた。

それも『母に手紙を渡してやる』というラジヴィー公爵の言葉を信じて、寝る間も惜しんで文字を勉強したのだが。

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