過去を埋葬

蒼樹里緒

本文

 世界一嫌いな伯父の葬式は、我ながら内心笑えるくらいに涙が一滴も出なかった。父方の祖母と伯父の弟が他界した時は、大泣きしたのに。それくらい、伯父は私にとってどうでもいい存在に成り果てていたんだろう。

 死んだ人間が身内でも、何とも思わないときだってある。

 お坊さんがお経を唱える間も、親族がお線香をあげる間も、あくびを噛み殺すくらいには退屈すぎた。親戚だからって、嫌いな人間なんかのためにわざわざ参列したくなかった。それでも『伯父の死を悼む姪』を演じなければいけなかった。少なくとも、父の前では。

 伯父には息子が三人いて、その奥さんたちや子どもたちも来ていた。子どもたちは、伯父の死がまだ理解できないのか、棺桶に花を入れた時も笑っていた。早く起きてよ、と言わんばかりに。その感覚はわかる。父方の祖父を小さい頃に亡くした時の私も、そうだった。

 従兄弟いとこの三男の奥さんが、一番悲しそうに泣いていた。明るい子どもたちとは逆に、嗚咽おえつまで漏らしていた。この人にとっては、伯父は『いい義父』だったのかもしれない。父にとっても『いい兄』だったのかもしれない。それでも私は大嫌いだし、本人が死んだからって許さない。父のいない場で、母や私、弟に失礼なことを何度も言っていたのが伯父なんだから。

 今でも憶えている。毎年夏休みやお正月に伯父夫婦からもらった食べ物を、母が毎回全部キッチンの三角コーナーにすぐ捨てていたのを。祖母や伯母のことは好きだけど、伯父が勧めるものは私も口を付けたくなかった。母の行為を見た時は多少驚いたけど、すぐ納得できた。

 伯父の遺体を前にしても、何の感情も湧かなかった私は、終始どうにか悲しげな顔を作っていた。棺桶に花を入れた時も、火葬場で箸渡しをした時も。ただのちっぽけな脆い骨になった伯父を見て、やっと長年の溜飲が下がった気がした。

 ――あんたは、もう私たちを悪く言うことなんてできないんだ。ざまあみろ。

 伯父だったものをつまんだ箸が、軽く感じた。

 喪主は従兄弟の長男が務めたけど、父も伯父の弟という立場から、火葬後の精進落としの場で挨拶あいさつした。


「僕は今まで、大きい怪我や病気を全くしてこなかったんですが。親父や兄貴や弟が、僕の分まで病気を全部持っていってくれたんだと思います」


 参列者の一部からは、小さく笑いがこぼれた。純粋な軽口として受け取られたようだった。父のジョークは大抵つまらないけど、この時ばかりは私もうっかり笑いかけた。

 ――あいつがお母さんや私や弟を馬鹿にし続けたから、ばちが当たったんだろうなぁ。

 父を長生きさせてくれてありがとう。そこにだけは感謝するよ。

 出された和洋折衷の法事弁当を、私は喜んで完食した。母は元々医療的に食事制限していたから、母の分のおかずも少し分けてもらった。退屈な時間を耐え抜いた身体には、ごはんがいつもよりおいしく感じられた。『メシウマ』というインターネットスラングは、きっとこういうときに使うんだろう。

 それに、ぴったりのことわざもある。親は泣き寄り、他人は食い寄り。不幸があったとき、身内の者は心から悲しんで集まってくれるけど、他人は葬儀の食べ物を目当てに集まる。今回の私が、まさにこれだ。家族も親戚も『血がつながっているだけの他人』として考えないとやっていられないときもある。

 この世を去った伯父は、ご馳走だって味わえない。

 満ち足りた気分に浸った私は、気の済むまで胃を満たしたのだった。

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