「プロローグ②」石化の呪い
今まで魔法を使う時、その違和感は常に私を苛んでいた。決して大きいわけでも、小さいわけでもない……だがそれは多かれ少なかれ、確実に私の魔力操作を阻害していた。
それが、先程の一撃には無かった。
むしろ滑らかに、息を吸って吐くかのように……それがさも当たり前のように、絶大な魔力量をものの一瞬で拳に纏うことが出来ていたのだ。
無論、私は混乱していた。
本来、魔法使いは杖が無ければまともな魔法が使えない。使えたとしても簡単なものばかりで、とても戦えるような魔法は制御すらままならない。──だというのに、私の拳は防御魔法を正面から突き破った後に、襲撃者を殴り飛ばしたのである。
杖を持っていた時よりも、強い魔法。いいや有り得ない、素手の方が強い魔法使いなんて聞いたことも見たこともない……考えて、考えて。私は消去法により、ある推測へと辿り着いた。
──あの杖に、ゼファーから貰ったあの杖に細工がされていたのではないか?
「──かぁっ!」
「っ!?」
最悪の思考を振り払うように、最悪の現実がそこには在った。顔面は腫れ上がり、鼻からは血がダラダラと流れていた。冷静さは失われ、血眼で私を睨みつけるその姿は、正しく獣であった。
「殺すッッ!」
飾りも捻りも何もない、冷たい宣告が発せられると同時に、明確な「死」の具現が放たれた。黒い魔球、恐ろしき魔力の塊。
後を考えるだけの余裕など無い。放たれる殺意の塊を紙一重で避ける度に、自分がまだ生きていることを疑った。──掠ることすら、身体が全力で拒絶していた。
四方八方、近くからも遠くからも放たれる連撃は止むこと無く迫る。もしも自分が肉体の鍛錬を怠っていれば、今頃死んでいただろう。
掻い潜った木々が薙ぎ倒されるたびに、呼吸が荒くなる。
視界が狭くなって、息が上がり続ける。
足元に浮遊感を覚えた時には、私は地面に叩きつけられていた。
「がっ、ああっ!」
肺の中が全て叩き出される。潰れたかもしれない身体を確認する勇気はない。そんな私の頭を掴み、闇の魔法使いは私の目を凝視した。奴が見ている目に反射して、私の虹色の目が写り込んでいた。
「……成程、奴がここまでする理由に納得がいった」
「は、なせ……!」
奴の握る杖先が、黒く光りだす。それは段々と大きくなっていき、禍々しさを増していく。
「恨むのなら、自分の身に宿った才能を恨むんだな」
光は眩く暗く、収束し……そして、周囲の魔力を巻き込む程の竜巻として、私の目の前に顕現した。──何をしても、間に合わない。
そして黒い竜巻の如き魔法は、容赦なく放たれた。──あろうことか、術者である闇の魔法使いの方へと。
抗う間もなく、闇の魔法使いは自らの魔法に直撃した。荒れ狂う風に乗った風刃は止むこと無く、ただひたすらに親である彼自身を裂いていた。
「遅くなってしまったな」
何が起こったのかを考える前に、答えがやってきた。──渦のど真ん中にいるはずの私を、当然のように守りながら。
「ゼファー……!」
「儂が来るまで、よく耐えた」
向けられた背中の大きさは、今も昔も変わらない。頼もしくて、安心できて。
ああ、もう大丈夫だと思わせてくれた。
「あとは儂に任せろ」
ゼファーがそう言い終わると同時に、闇の魔法使いを襲う風が破れた。内側から食い破るかのような、力ずくの暴挙だった。
「……ゼファーか」
着地した闇の魔法使いの身体には、傷は一つもなかった。ゼファーの計らいにより自らの魔法をそのまま受け、それでも五体満足を保っている。──私は戦慄した。
「お前に十秒やろう、今なら見逃してやる」
ゼファーが、闇の魔法使いと私を遮るかのように立つ。──だが。
「死ねェ!」
収束する魔力、そこから魔法が放たれる。ゼファーの視界を埋め尽くすほどの魔法は、決して避けられるような生温いものではなかった。──故に彼は動かず、向かってくる魔法全てを逆に掌握したのだ。
「!?」
「儂は、見逃してやると言ったんだ」
魔法は即座に闇の魔法使いの下へ返っていく。先程よりも強く早く、練り上げられた魔法だった。
「愚かな魔法使いよ。儂はな、別にお主が儂を殺しにきてもどうってこと無いんじゃよ。仲間を引き連れようが、どんなに邪法に手を染めようが……儂はお主らの命を奪いはしない」
だがな。ゼファーは杖を強く握りしめ、絞り出したような声で唸った。
「お主はアリーシャに手を出した! 儂の家族に手を出したお前を、儂は……絶対に許さない!」
周囲の魔力は震え、動き、迅速にゼファーの下へと集っていく。収束した魔力は、魔法として放たれる。早く強く、それでいて隙のない完璧な術式に基づき……それらは闇の魔法使いを着実に追い詰めていく。
放たれた魔法の内一つが地面を抉る。不安定な足場に体勢を崩し、そのまま無数の魔法が彼の身を抉った。苦しげな声を上げ、地面に突っ伏す。──ゼファーは無防備な脳天に向かって、杖を向けた。
「チェックメイトだ」
「……お前がな」
意味深な台詞に、ゼファーが眉を顰めた。──その時だった。瀕死だったはずの闇の魔法使いの身体が、まるで煙のように霧散していったのは。
私はその魔法を知っていた。今日見たばかりではっきりと覚えている。
不意打ちだ。
「ゼファー!」
杖を握り、周囲を見渡すゼファー。
しかし何も起こらず、彼はただひたすらに魔力の流れを目で追っていた。前、斜め、そして焦点は何故か私。
「チェックメイト、だ」
振り返る前に、収束する光。避けることも、魔法を放つことも間に合わない。私はのめり込むような暗い光に目が眩み、ぎゅっと瞼を閉じた。
「アリーシャ!」
ゼファーの叫び、余りにも遠くからの叫び。
──ああ、最後にありがとうとか……なんでもいいから言えばよかったな。
──おふざけでもなんでもいいから、お父さんって言ってみたかったな。
目を開けるのが怖い。
開けて景色が変わっていたらどうしよう、死んでいるって自覚してしまったらどうしよう。
「……アリーシャ」
でも、そんな恐怖は一瞬で消え去った。
安心を与えてくれる声が、私の耳に優しく入ってきてくれたから。
「ゼファー!」
目を開けて、背中に抱きつく。
そして気づいた。抱きついたそれはとても冷たく硬く……人間ではなく、石の塊だということに。──いいや、違う。
「……ゼファー?」
大きな背中。
見上げるほどの身長。
あまりにもその形は、人の立ち姿に酷似していた。
「今すぐ、逃げろ……!」
だが、ただの石にしては生温いその温かさが、最悪の予感を確信に変えた。
そこに立っていたのは、徐々に石になりつつあるゼファーだった。
硬く冷たく、触れなくても分かる。ましてやこれを生き物になど、どうすれば間違えることができるだろうか? ──しかし、私は間違えた。正確には、半分間違えたのである。
それは紛れもなく石であったが、正確には「たった今」石になったゼファーだったのだ。
「くっ……」
足から腰まで石になっていた。ゆっくりと石化はさらに上半身の方へと迫っていく。既に身動きが取れないゼファーは、私が今まで見たことがないような焦りを見せていた。
「……」
遠く、しかし魔法使いにとっては近い場所に、闇の魔法使いは立っていた。
「こんな簡単に引っ掛かるとは、思わなかった」
闇の魔法使いの杖が揺れる。ゼファーが掌握していた魔力の流れが、一気に奴に流れ込む。あれが放たれた際の威力など、想像しなくても分かる。──無理だ。
「死ね」
放たれた一撃。確実な殺意と威力を携えたそれは、たった二人を殺すためだけに練り上げられた破壊。
先程の拳が当たったのはまぐれだ。相手の油断、魔法使いに見合わない初見殺しの戦闘スタイル……何よりこんな馬鹿げた魔法を、私程度の魔法なんかでどうにかできるわけがない。
──だが。
「……今から」
それでも。
それでも、だ。
「お前を、ぶっ飛ばすッ!」
それは、前に踏み出さない言い訳にも。
握り締めた拳を振るわない理由にも、ならない。
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