第48話


二人は鋭い視線でリリアーヌとディオンを睨みつけている。

スッと背筋が凍るような二人の表情は普段とは別人のようだ。


ディオンは恐怖に震えながら小さく両手をあげた。

リリアーヌは口端から泡が出て、苦しそうに顔を歪めている。

コレットはそんな様子をただ呆然と見つめることしかできなかった。



『……ヴァン様、許可を』


『いつでも殺れますが、どういたしましょうか』



メイメイとウロはシェイメイ帝国の言葉でヴァンに許可を求めている。

ヴァンから許可が出たら二人は刃物を持っている手を動かすつもりなのだろうか。

コレットを守るように背後に立ち、肩に手を添えたヴァンはいつもよりずっと低い声で言った。



『……やめろ』



メイメイとウロはヴァンの言葉を聞いてすぐに腕を下ろす。

そして腰を丁寧に折ってサッと身を引いた。

リリアーヌの首からは一筋の血が伝い、そのまま力が抜けたのかペタリと地面に座り込んでしまった。

ディオンも手を上げたまま動けないでいる。


メイメイとウロは音もなくこちらに戻ってきて、メイメイはスカートの中にナイフを収納している。

ウロは一振りで槍を分解して折り畳むとジャケットの中に一瞬で武器を仕舞いこむ。

今、二人が武器を持っていたことを誰が気づいただろうか。


コレットが声をかける暇もなく、首の薄皮一枚を切られたことに腹を立てたリリアーヌが金切り声を上げる。



「こ、こんな……っ、こんなこと許されないんだからっ!野蛮な奴らだわ!信じられないっ」


「今のは……シェイメイ帝国の言葉か?」


「そんなのどうでもいいわっ!こいつらを今すぐに処分して」



リリアーヌの突然の暴言に周囲がザワザワと騒ぎ出す。

立ち上がることができないのか地面に座り込んだまま、叫ぶリリアーヌと唖然としたままこちらを見つめるディオン。

ウロとメイメイはリリアーヌに再び殺意のこもった視線を送って戦闘態勢を取る。

コレットもメイメイとウロのことを野蛮と言ったことが許せずに口を開こうとした時だった。



『コレット、僕に任せてください』



シェイメイ帝国の言葉で会話した後にヴァンはコレットを守るように背後に隠す。



『大丈夫ですよ。二度とコレットを傷つけさせませんから』


「……ヴァン」


『僕がヤるよ』



ヴァンの意思を汲み取るようにウロとメイメイもコレットを挟むように立っている。

ヴァンは一歩また一歩と足を進めてリリアーヌの前で人当たりのいい笑みを浮かべながら腰を屈めた。

リリアーヌはヴァンを見て思うことがあったのか頬がほんのりと赤く染まり髪を整えるために忙しなく手を動かしている。

ヴァンがどうするつもりか見守っていると、片手でリリアーヌの乱れた髪を耳にかけた。



「あっ……」


『君がコレットの妹……リリアーヌかな?』


「えっと、わっ、わたしがリリアーヌですけど」


『……お前がコレットを苦しめた元凶か』


「よくわからないけど、わたしはあなたが謝ってくれたら許してあげなくもないですけどぉ」



おかしいくらいに噛み合わない会話。

リリアーヌという名前はかろうじて聞き取れたようだが、シェイメイ帝国の言葉をまったく理解していないのだろう。


リリアーヌはうっとりとヴァンを見つめていたが、次の瞬間……その表情が恐怖に染まる。

リリアーヌの顔面を片手で掴み上げたヴァンに、コレットは驚き目を見開く。



「コレットを苦しめただけでなく、まさか僕の前で彼女を悪く言うなんて信じられないな」


「ぐっ……ぅ!?」



ヴァンはリリアーヌにもわかるように言葉を切り替えたのだろう。

リリアーヌのくぐもった悲鳴が聞こえてくる。

ヴァンは立ち上がって、片手で軽々とリリアーヌの体を持ち上げてしまう。

リリアーヌの血走った目からは涙がハラハラと溢れている。



「そのうるさい口を今すぐに閉じろ……不愉快だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る