11 銀杖のティスタ


 冬也の見舞いを終えたティスタと千歳は、病院の屋上で今後どう行動するかを話し合った後、千歳のツテからの情報提供を待つ事になった。


 夕陽に照らされる街並みをじっと見つめるティスタの後ろ姿を見ながら、千歳はその様子を見守る事しか出来ない。弟子を傷付けられたティスタの心中を考えると、千歳も普段のようなふざけた態度を取れない。


「……なぁ、大丈夫かい」


「何がですか」


「弟子があんな事になったんだ。昔の事もあるしさ」


「……そうですね。久しぶりに思い出してしまいました」


 銀魔氏族ぎんましぞく――かつて栄えていた魔術師の家系のひとつ。


 ティスタは、その家系の末裔である。蒼い炎を放つ魔術、冷気と水を操る魔術、青雷を呼ぶ魔術、封じの力を持つ銀の魔術、既存の魔術を更に昇華させた魔術の数々を生み出した、魔術師界隈でも有名な一族。


 そんな有数の魔術師の家系には、かつてはたくさんの魔術師達が集っていた。その中には、滅んでしまった魔界から逃れてきた魔族もいた。


 人間でありながら並みの魔族よりも高度な魔術を扱えるティスタの家系は、人間の世界では生きていく場所の無い魔族達の心の拠り所となっていたのだ。


 魔族や半魔族の保護を目的として活動していた魔術師の家系は、世界的にも銀魔氏族だけだった。


 そしてティスタが幼い頃、悲劇は起きた。「魔女狩り」と称して、銀魔氏族や保護されていた魔族が、多くの人間に襲撃される事件が起きたのだ。


 魔族の存在を良しとしない人間達が企てた事件だという事はわかっていたが、証拠は一切無い。僅かに生き残った銀魔氏族は、泣き寝入りするしかなかったのである。


 いつかは一族の復興を――そんな願いを胸に秘めて、ティスタは魔族の保護特区である日本で、魔術師として何人かの弟子を取った事もある。その弟子達も、魔術師や魔族に対する世間からの扱いに絶望して、ティスタの元から去っていった。


 それ以来、人生に嫌気が差したティスタは堕落した生活を送り始めた。


 仕事が暇だとギャンブルで無駄に金を使って、仕事以外の時は酒浸りの日々。そんな生活で心の隙間を埋める日々が続いていた中、冬也という新しい弟子を取ってからそんな生活にも光が差してきていた……はずだった。


「気持ちはわかるが、あまり熱くなるなよ」


「わかっています。この国の法を逸脱しない程度の報復をします。信用してください」


「……納得してるって目じゃないんだよ」


 向けられた氷のような視線を見た千歳は、背筋に冷たい感覚が走る。


 かつて仕事としてティスタと「3日間の殺し合い」をした事のある千歳だからこそ理解できる、ティスタの危うさ。彼女をひとりにしておけば死人が出かねない。


「弟子が待っているんです。彼に誓って、間違った真似はしないと約束します」

 

「あぁ、わかったよ。そこまで言うなら信用する。弟子を悲しませるなよ」


 ティスタの言葉にきっと嘘は無い。大切な弟子の事を持ち出した以上、ティスタは約束を守る。彼女がそういう魔術師だと知っている千歳は、そう判断した。


「……お、返事が来た」


 千歳の頼るツテから、スマートフォンに連絡が来た。ここ最近、幅を利かせている半グレ集団がいるとの情報だ。


 その中には、冬也の事を襲撃した不良も加わっているとの事。当初の考え通り、半グレ集団が魔族や半魔族を標的として強盗をしているようだった。


 添付された建造物の画像と住所を照らし合わせて、ここがその半グレ集団の拠点であると調べ上げる事が出来た。大胆で愚かな犯行をするような連中ばかりという事もあって、拠点を隠す気も無い様子。




 ……………




「……で、いきなり正面から乗り込むのかい?」


 車で半グレ集団の拠点に向かう途中、千歳はハンドルを握りながら助手席のティスタに向かって聞く。


「当然です。正面から堂々と行きます」


「もうこれ、カチコミじゃん……」


「何とでも言ってください。というか、落とし前をつけるって言い出したのは千歳さんでしょう」


「そうでも言わないと、アンタが勝手に暴れそうだし」


「……心外ですね」


 そうは言いつつ、ティスタは視線を車の外に移した。千歳の言う通り、ひとりで勝手にお礼参りをしていたに違いない。


 凍り付くような空気の中、目的地であるビルの前に到着した。無言で車から降りようとするティスタに向けて、千歳は声を掛ける。


「わかっているとは思うが、油断はするなよ。魔族や半魔族に手を出したって事は、魔術に対抗できる手段があるかもしれないって事なんだからさ」


「承知しています」


 千歳の言う通り、半グレ集団が普通では扱えない「何らかの手段」を手に入れた可能性がある。魔力を持たなくても魔術を使う手段はいくつかあるし、魔術以外にも扱える異能の力は存在する。


「正面から叩き潰してやらないと腹の虫が治まりません。私ひとりで行きます」


 それだけ言って、ティスタはビルに向けて歩き出していった。


 魔術師の証である純白の外套をたなびかせながら、ゆっくりとビルへと近付いていく後ろ姿を見ながら、千歳は全盛期のティスタ・ラブラドライトの姿を重ねた。


「……まるであの時の狂犬みたいだよ、今のアンタ」


 冷や汗を垂らしながらも、千歳は嬉しそうに笑う。


 かつて「銀杖ぎんじょうのティスタ」という異名で呼ばれていた、魔術師としての全盛期。千歳は、その冷たい凶器のような女だった頃の彼女を知る数少ない人間だ。


「さて、私も手伝わないとね」


 ティスタが本気で大暴れをすれば、ビルの中から蜂の巣をつついたように半グレ達が飛び出してくる事は容易に想像できる。1匹たりとも逃がさないよう、千歳もビルの前で待ち構える。 


 便利屋 宝生の「お礼参り」が始まった。

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