2 再会


 魔術師の少女との出会いの後、僕はふらふらと歩きながら夢見心地で自宅への帰路へついていた。魔術師の容姿はさることながら、彼女が使っていた美しい銀の魔術が脳裏に焼き付いて離れない。


 自宅へと到着して真っ先に出迎えてくれた祖母は、全身が泥だらけの僕の姿を見て大騒ぎ。


「あんた、どうしたんだい! 何かあったのかい!」


 齢80歳を超える祖母を心配させまいと「川辺で転んだ」と嘘をついて誤魔化した後、風呂へと直行した。


 風呂から上がった後、祖母と一緒に夕飯を食べながら何気ない会話をする。


「冬也、学校はもう慣れたかい?」


「あぁ、大丈夫だよ。上手くやってるから、おばあちゃんは心配しないで」


 両親を亡くした僕にとって、唯一の肉親である祖母。余計な心配を掛けたくない一心でこうしていつも嘘をついてしまう。祖母は半魔族である僕を気遣ってくれる数少ない人間だったから。


「昔みたいに何かあったら、すぐにおばあちゃんに言うんだよ? そいつの家に怒鳴り込んでやるよ!」


「気持ちは嬉しいけれど無理しないでよ、おばあちゃん……」


 若い頃から豪快だったという祖母は、怒鳴り込みも本当にやりかねない。そんな人だからこそ、僕を女手一つで育てられたのだろうと思う。

 

 せめて祖母にだけは余計な心配をさせずに平穏に暮らしてほしい――そんな気持ちでいるうちに、ふと今日出会った魔術師の少女の事が頭に浮かぶ。彼女に頼み込んで、自分自身をしっかりと守れるくらいの魔術を教えてもらえないだろうか。


 手掛かりも無いので再会するのは難しいだろうけれど、あれほどの練度の魔術を行使できる他の魔術師を探すのはもっと難しい。魔族の血が流れているからなのか、あの魔術のレベルの高さが本能で理解できる。


 まだこの街にいるのなら、どこかでばったり会えるかもしれない――そんな淡い希望を抱きながら、僕はあの魔術師の少女を探して翌日から街中をあてもなく歩く事にした。




 ……………




 あの銀髪の魔術師への弟子入りの為、僕はあらゆる場所を散策した。初めて会った河原、人気の少ない路地裏、近所の公園まで探しても、当然あても無しでは見つける事が出来るはずもない。


 手掛かりが無い状態で1週間ほど経過した日の事。僕は祖母から買い物を頼まれて街に出ていた。


 翡翠の瞳と白い肌をしている半魔族の僕は目立つので、普段は人の多い所は行こうとはしない。もし人気の多いところに行く時は、帽子を深く被って翡翠に輝く瞳を隠している。


 人前に出る事自体好きではないけれど、腰の悪い祖母に無理をさせたくはないので街への買い物は僕が請け負っている。


 街中のうっとしい喧騒を我慢しながら歩いていると、一際大きな騒音が耳に入ってくる。パチンコ店からの音だった。


(うぅ、やっぱり苦手だ……)


 魔族の血が原因なのか、あるいは僕そのものがそういう気質なのか、あまり大きな音は好きではない。足早にその場を去ろうとパチンコ店の目の前を早足で通り過ぎようとすると、ちょうど入口の自動ドアが開いた。


「あぁ゛~……もうマジ最悪~……」


 パチンコ店から辛気臭い顔をして出てきたのは、僕が今最も会いたいと思っていた人物。身体を覆う白い外套、銀髪に白い肌、美しい碧眼――間違いなく、河原で不良に絡まれている僕を助けてくれた魔術師の少女だった。


「……あぁっ!?」


 思わぬ場所での思わぬ再会に人目も気にせずに大きな声をあげてしまう。そんな僕を見て、少女は「やべっ!」っと言って白い外套のフードを深く被って僕へと話し掛けてくる。


「き、奇遇ですね。いやこれはね、違うんです。お姉さんはパトロールをしていただけであって、決して仕事をサボってギャンブルをしていたわけではないのです」


「いや、あの……」


「えぇ、覚えています。あの時の少年ですね。いいですか、ここで見た事は忘れるのです。魔術師のくせにパチンコとかするんですねとか、イメージが崩れましたとか、そういう事は言わないでください」


 もしかして過去にそんな言われた事があるのかなどと考えながらも、この場で彼女への「弟子入り」を志願する事にした。今この瞬間が千載一遇のチャンスであるという事は間違いない。


「お願いします! 僕を……弟子にしてください!!」


「……いや、私は別にパチプロではありませんよッ!?」


「あぁ、違います! そっちじゃないです!」


 周囲には「パチンコをする少女にパチンコ指南を要求する少年」というおかしな光景に見えていたに違いない。




 ……………




「なるほど、護身の魔術を私に指南してほしいと」


 あれから近所の喫茶店に2人で入って、腰を落ち着けてゆっくりと話をする事にした。


 自分が半魔族である事が理由でいじめられている事、唯一の肉親である祖母に心配を掛けたくないから自分で自分を守れるくらい強くなりたい事、授業料もしっかりと払うという事――それを聞いて、魔術師の少女は目を瞑って考え込んでいる。


 いや、正確には少女ではなかった。見た目が幼いだけで、パチンコ店に入っても問題の無い年齢の成人した女性だったようだ。


「……わかりました。その話、受けましょう。どうせ今は暇ですし、報酬が出るのなら受ける理由もありますから」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 思わぬ再会の後、トントン拍子で話が進んでいく。今日は本当にツイている。


「そういえば、自己紹介をしていませんでしたね。私はティスタ。ティスタ・ラブラドライト。国定魔術師です」


 国定魔術師とは、その名の通り国に正式に認定された魔術師。魔族を除けば、あらゆる場所で許可を取ることなく魔術を扱える数少ない魔術師だ。


 実のところ、魔術師だからといって自由に魔術を使えるというわけではない。規模に関わらず、魔術を使用するには特別な許可を警察から貰ったり、土地の所有者に相談して許可を貰う必要がある。


 国定魔術師は、そんな面倒な許可の数々を無視できる特別な存在だった。


 特にこの国、日本は行き場を失った魔族や半魔族を受け入れている「魔族保護特区」として世界的に有名で、他国と比べると魔術の使用制限が緩めである。


 そして、その魔術を扱う者や魔族達を監視する目的で多数の国定魔術師が在住している。彼女、ティスタ・ラブラドライトも日本に在住して魔術を扱う者達を監視する選ばれし魔術師のひとりだった。


「僕は柊 冬也といいます。これからよろしくお願いします、ティスタ先生」


「……先生、ですか。なんだか久しぶりにそんな呼ばれ方をされた気がします」


 ティスタ先生は苦笑いをしながらコーヒーカップに残った冷めたコーヒーを飲み干して、お会計の為に財布を取り出した後に深刻そうな表情を僕に向けてくる。というか、今にも泣いてしまいそうだ。


「あの……すみません。お金、ありますか? さっきのパチンコでスッてしまっていたのを忘れていました……」


「あ、はい……わかりました……」


 ティスタさんは優秀な魔術師である事は先日の河原での一件でわかっていたのだけれど、お金の扱いについては少々心配なところがあるようだ。今回の出費は授業料と思う事にした。

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