1 魔術師との出会い


 僕が産まれる前の話だ。


 昔々、大きな大きな戦争があった。人間の住む世界とは違う場所、魔界という世界で起きた凄惨な戦争だったらしい。


 魔界と呼ばれる魔族の住む世界へ、人間達は戦争を挑んだのだとか。魔族が人間の世界へ危害を加えようとしたなんて事になってはいるけれど、本当の事はもうわからない。


 魔界は人間との戦争で滅んでしまったから、もう調べようがないのだ。


 人間が戦争で使った兵器で環境汚染が進んだ魔界から逃れるため、戦争が終わった後に人間の住む世界へと逃れてきた魔族もいた。その中には人間と結ばれ、子を成した者も存在した。


 人間と魔族の間に産まれた者は「半魔族」と呼ばれて、人間からは蔑まれ、純粋な魔族からは恐れられていた。


 そして僕は、そんな差別の対象である「半魔族」だった。


「ぁぐっ!?……う、うぅ……」


 殴られた腹を抑えながら、地面に膝をついて無様に震える。派手な髪色をした3人の不良達に囲まれた僕は、人気の無い河原の橋の下でカツアゲをされている最中だった。


「ほら、早く出せって。小遣いなくて困ってるんだよー」


「ぐぅっ……」


 脇腹を蹴られて土下座をするようにうずくまった僕を見た男達は、ご満悦の様子で僕を見下ろしている。こうして暴力は振るわれるのは、もう何度目だったか覚えていない。


 彼らのような純粋な人間には、僕のような半魔族の存在は生活の中の異物でしかない。白い肌と色素の薄い茶髪、翡翠に輝く瞳――僕は嫌でも目立つ見た目をしていたから。


 こんな事は日常茶飯事だけれど、皮肉な事に性根にこびりついた負け犬根性のおかげで僕は正気を保つ事が出来ている。ポケットから取り出した財布から何枚かの千円札を震える手で取り出して、いつものように不良に渡そうとした。


 僕の手からお金が取られる直前、目の前を一筋の白い光が横切る。


「うわっ!? なんだよ、今の!?」


 突然の出来事で僕は腰を抜かした。3人の不良学生も何が起きたのか理解を出来ないようで、その場に呆然と立ち尽くしている。


「ぎゃっ!!」


 3人のうちの1人が情けない声をあげて膝をついた。脇腹の辺りを手で抑えて悶絶している。僕の眼にはハッキリと見えた。銀に輝く礫が、あの不良の脇腹へと当たったのだ。


 半分とはいえ魔族の血が流れている僕には、その銀の礫が魔術によって精製されたものだと本能で理解できた。こんな事ができるのは、魔族の血が流れる者か魔術師と呼ばれる者だけ。


 魔術を行使した主を探して周囲を見回すと、夕陽に照らされた穏やかな流れの川、その水面に平然と立っている人影が視界に入った。


 フード付きの白い外套に身を包んだ小柄な体格の魔術師は、川の水面を歩きながらこちらへと近付いてくる。


「なんだ、あいつ」


 不良学生の1人が震える声で呟く。自分の理解が追い付かない存在を目の前にして恐怖している様子。


 彼らがその場から逃げようと背を向けた瞬間、白い魔術師の周囲に銀に輝く光球が生成されて、その全てが不良達へ向けて飛んでいく。


「い、痛い! 痛い痛い! やめろ、やめてくれ!」


「うわあああっ!?」


 石ころだらけの河原で土下座するように頭を抱えて泣き叫ぶ3人の不良学生の背中へ向けて、大量の銀の礫が襲い掛かる。銀の礫はしばらく降り注ぎ続けて、砂煙で不良達の姿が見えなくなってようやく止まった。


 魔術を行使した白い外套に身を包んだ人物は、痛みに嗚咽を漏らしながら倒れている不良達の元へと近付いて、その手に握られていた何枚かの千円札を奪った。


「……ほら、あなたのでしょう」


 呆然とする僕の元へ、白い外套に身を包んだ人物が近付いてくる。


 鈴を鳴らすような可愛らしい声から察するに少女のようだ。彼女は不良達から取り返したお金を僕に差し出した。 


「あなた、魔族か半魔族ですね?」


「あ、はい……どうして……」


「その輝く翡翠の瞳、どう見ても人間ではありませんから」


 彼女の言う通り、僕は生まれ付き変わった瞳の色をしていた。これは母からの遺伝だ。暗闇だとぼんやりと光ったり、魔力の流れが見えたり、時には見たくもないものが見える事もある眼――周囲からは大層気味悪がられている。


 そんな僕の瞳を見ても、彼女はそれを気にする様子は無い。


「どうして助けてくれたんですか。僕は――」


 半魔族なのに。そう言う前に、彼女は僕へ言葉を掛けてくる。


「我慢をするのは立派ですが、人間は手を出されないと判断すると増長する生き物です。少しはこうして仕返しをした方がいいですよ。死なない程度にね」


「いや、そうではなくてっ……」


 僕が半魔族であるとわかっていながら、どうして助けてくれたのかを聞きたかった。そんな僕の心を読み取ったのか、あるいは僕の顔にそんな感情が丸出しだったのか、彼女は白い外套のフードを少し捲って、その素顔を見せてくれた。


 肩口で切り揃えられた綺麗な銀髪、雪のように真っ白な肌、宝石のように美しい碧の瞳――思わず見惚れてしまうほどの美少女。


 良い意味で人間離れした美しい容姿に呆然とする僕の様子を見て、彼女は軽く首を傾げた。


「この通り、私も目立つ見た目をしていますからね。キミと同じような経験は何度もあります。少し鍛えた方がいいですよ。いじめられない程度には」


 少女はそう言った後、踵を返して去っていった。


 これが僕の師匠となってくれる魔術師、ティスタ・ラブラドライトとの初めての出会いだった。

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