第46話 膝の上


 伝わっただろうか。きっと白樹の後悔は消えない。それでも、少しでも軽くなって欲しい。



『真理花、我らの主を助けてくれないか?』

 

 しんみりとした雰囲気の中、木は葉を揺らしながら心なしか小さな声で聞いてきた。

 

『もちろんだよ』

 

 助けるためには、何をするのかは分からない。それでも力になれるのであれば、何でもしよう。木々が私を助けてくれたように。

 

『感謝する』

 

 木がそう言った途端、道が開けた。ザッと一斉に道を作るために木々が動いたのだ。

 ファンタジーという言葉はのみ込んだ。自分だって散々ファンタジーを現実にしたのに、なかなか慣れないものらしい。単純に頭が固いだけなのかもしれないけど。

 

「えっと……助けに行くんだけど──」

「俺も行く」

 

 説明、下手くそか!! と自身にツッコミを入れつつ、どう言おうか迷っていれば、食い気味で白樹が同行を願い出てくれた。

 

『白樹も一緒でいい?』

『愛し子なら構わない』

 

 木の返事にホッとする。散々、白樹と一緒に行きたいと言ってきたのに、自分が置いていくなんてできない。断られたら、どうやって木を説得するか、悩むところだった。

 

『では、参ろう』

 

 ボコリと木の芽が地面から生えてくる。何だか、嫌な予感がする。


 ヒュッとのどが鳴った。声にならない悲鳴が漏れる。白樹と共に木の枝たちに乗せられて、ものすごいスピードで運ばれている。揺れがひどい。

 私たちを乗せた枝が通り過ぎれば、木々は元の位置に戻っていった。まるで、他の人を呼ばないようにしているみたいに。



『到着した』


 結構長い距離を運ばれたからか、揺れがひどかったからか、頭がぐらぐらする。立ち上がろうとして、ふらついたところを白樹が支えてくれた。


「ありがと……」

「大丈夫か? 顔色が悪い」


 ちりーんという音と共に、手渡してくれた一杯のお水。ありがたく頂戴し、口をつける。


『すまなかった。気が急いてしまった』


 申し訳なさそうの声に、小さく首を振る。めまいが少し治まり、目の前にあるとても大きい木を見上げた。

 幹を見ていた時には気が付かなかったが、葉が穢れで黒いものが大半だ。葉の一部が黒いものもあれば、完全に真っ黒なものもある。


「……あれ? あの葉っぱ、浄化してる?」


 緑色の葉は穢れを取り込んでいる。けれど、黒くなっていない。

 それに比べて、一部が黒くなった葉は徐々に穢れが増していく。黒くなっていく。


『我らの主は、穢れを綺麗にしてくれていた。だが、十年程前からだろうか……。徐々にお元気がなくなられてしまわれた。昨年の秋頃には凶暴化した獣が増えたりと、遂に森事態の異常が増えたのだ』


 森が真っ黒になったことに気が付いた日を思い出す。穢れが森の方から飛んできていた。きっとあれよりも前、穢れが飛んでいるのを見た日には、この木は限界を超えていたのかもしれない。


「あなたは自分の限界を超えても、浄化を続けるんだね……」


 そっと幹に触れる。返事はない。いや、できる状態ですらないのかもしれない。


「……どうやって浄化しよう」


 葉っぱ一枚一枚浄化していては、きりがない。それに、空高く伸びた木の枝には手が届かない。

 うーん。まさか矢で射るわけにもいかないし……。


「物を介して浄化ができるなら、組紐を使うのはどうだ?」

「それだと時間が……。あっ!! ありがとう、白樹!!」


 あった、あったよ!! 超絶早く作れる方法が。でも、材料がない。できたら、ロープみたいな太いものがいいんだよね。

 出直しなんてしたくないけど、何もない状態での浄化は難しい……。


つるでいいか? しなやかで、まっすぐなものを用意しよう』

『ありがとう!!!!』


 これなら、何とかなるかもしれない。ううん。何とかしてみせる。どさどさと、どこからともなく蔓が集まってくる。まるで市販のもののように、葉や不要な枝がない、扱いやすい状態だ。


「白樹、今から蔓で三つ編みをするね」

「分かった」


 そう言った白樹は地面に胡座あぐらをかいて座ると、何故かその上に私を座らせた。


「うん?」

「地面に座ると冷える」


 そう言って、腰の辺りを後ろからギュッと抱き締められる。

 なぜ? という疑問が浮かぶが、編むように促され、せっせと三つ編みを始めた。長くなってくると、風が葉の方へと運んでくれる。

 まるでクリスマスツリーにライトを巻き付けていく要領で、蔓が巻かれていく。色合いは木と同じなので、よくよく見ないと分からない。


 何となく、色があったら可愛かったかな? とも思うが、これで良かったのだろう。

 木は、私と白樹以外の人がこの大きな木に近付くのを拒んだ。つまり、場所を知られたくなかったのだ。


「あと、少し……」


 手が疲れる。それでも、早く早くと急ぐ気持ちのままに蔓で三つ編みを編んでいく。


「できた!」


 木を見上げれば、長い長い一本の三つ編みに編まれた蔓が巻かれている。

 最後の一周は、木が私と白樹を高く持ち上げてくれたので、二人で蔓を巻き付けた。


 すると、ほのかに漂っていた金木犀の香りが爆発するかのように濃く溢れ出す。ちりーん、という風鈴の音もなり、穢れが一斉に弾けて消えていく。蔓の色が、緑や茶色から金色へと輝いていく。


「すごい……」


 ゆっくりと木が地面へと降ろしてくれた。白樹の目は大きな木に釘付けだ。

 どちらからともなく、手を繋ぐ。


「やったな」

「うん。やったね……」

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