第35話 春がきた。やはり置いていくのか。


 ***


 春がきた。


 ガタゴトと揺れる荷馬車の中で、私は息を潜めている。そんな状況でも、何もしないで乗っているなんてことはしない。手元には編みかけのものがある。


「うっ」


 時折大きく揺れるので、お尻が跳ねて痛い。痛むお尻をさすりながら、編む手を進める。討伐前に仕上げたいのだ。思い付きで作り始めた、この武器を。



 春になってから、何度も白樹は泊まり込みで討伐に行っている。けれど「家にいて欲しい」「まだ真理花を連れて行けるようにするのには時間がかかる」と何度頼んでもそればかり。いつも置いていかれた。

 心配だからという気持ちが伝わってきたから、何度も話し合おうとしたけれど「まだ」の一点張り。


 いつまで経っても討伐に連れて行ってくれないので、強行突破したのだ。


 もちろん、一人で勝手に決めたわけではない。こうなることは予想していたので、冬の間から恋々や善くん、あっくん、輪さんに相談して計画を立てていた。その計画の上で、荷馬車の中に隠れているのである。


 当然、自分の仕事はきちんとやってきた。

 冬の間、ひたすらに作り続けたおかげで、清さんのお家にも卸せたし、かなりの数の能力を宿した組紐や羽織紐等を討伐に使用できている。ストックもバッチリだ。


 たくさん作った成果もあってか、討伐隊の人たちが穢れに寄生されることもなくなったらしい。 

 春になって激増している凶暴化した獣の討伐も、寄生を恐れずに戦える分、怪我人や死者が減ったと聞いている。


 けれど、状況が改善していても、完璧な安全なんてない。


 私が討伐に着いていくことで不利益がでる可能性だってある。私が怪我をするだけではなく、守ろうとしてくれた人を危険に合わせてしまうことや最悪の事態だってある。

 それを理解した上で、みんなに頼んだ。協力してもらった。国の長である白樹の考えに逆らわせた。


 善くんとあっくんが森での状況を教えてくれた。恋々が討伐隊の一員として獣の退治に向かって、本当に私が着いていけないほど危険なのかを見てきてくれた。

 どうすればより安全なのかを守る側の視点で話し合い、輪さんと共に計画を立ててくれた。

 

 私はみんなの協力があって、こっそり討伐に着いてこれたのだ。

 


「できた……」


 小さく振ったり、弛んでいるところはないか、確認をする。


「ちょっとかっこいいかも……」


 革紐で作ったそれを見詰めて呟いた時、ガタンっと一際ひときわ大きく揺れて荷馬車は止まった。


 ざわり……と空気が揺れている。

 

「穢れだ……」


 刺すような鋭い空気を感じる。ビリビリと肌が痺れるかのようだ。


 荷馬車の外はざわめいていて、討伐隊の人たちの声と獣のうなり声が聞こえる。

 外に出なくても、穢れの動きが伝わってくる。まるで凶器のような感情を感じるのだ。

 

「……あれ?」

 

 一ヶ所、穢れの中に濃い場所があった。そこを中心に穢れが広がっている。

 蛇のような形で巻き付いているのだろうか。穢れは木の枝に巻き付くかのような形をしていて、頭の部分と思われる場所を濃い・・と感じる。


「恋々、聞こえる?」


 荷馬車の中を移動して、護衛をするために御者ぎょしゃをしてくれている恋々へと壁越しに近付く。


「弱点みたいな場所が分かるかも。私も見ることってできないかな?」


 コンッと御者が座る席と荷物を乗せる部分を隔てている壁が鳴る。


「今、降りられる?」


 コンコンッ。


「穢れが目の前に二体。更に奥に一体いる。奥の穢れは大きいから気を付けて……」


 コンッ。


 恋々からの返事を聞いたあと、完成したばかりの武器を握りしめる。

 使うのは私ではない。市販されているもので何度も練習したけれど、上手くならなかったのだ。才能がなかったとしか言いようがないレベルで、冷静な声で輪さんに諭されてしまった。

 だから、その武器は恋々に託す。



「そっちに行ったぞ!」

「囲め!!」

「新人は下がれ! 無理はするな。死ぬぞ!!」 


 声が近い。今降りてもいいかの問いに対して、恋々の返事は二回のノック音。答えはNOだった。

 だから、だめだと分かっている。迷惑になる。

 討伐に来る時の約束は、護衛の指示に従うこと。それを守れなければ、護衛を危険にさらすことになる。


「あっ!!」


 穢れが何かを持ち上げるような動きをした。高く上げて、揺さぶっているかのような。

 穢れの気配でしか分からない。けれど、その動きはテレビで見たことがあった。


「……大丈夫、だよね?」


 自分を安心させるために口から溢れた言葉は、私の不安を煽る。

 討伐隊は戦闘のプロ集団なのだから、足手まといになるだけ。ここで待っているのが最善だ。

 そのことを分かっているのに、震える足が動き出す。

 

 静かに、音を立てないように荷馬車から降りる。

 そっと荷馬車の影から覗き見た光景に、息が止まった気がした。





 

 

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