第3話 ファ……ファンタジー。


 これから、白樹はくじゅさんの家へと向かう。今日から私がお世話になる家だ。


「それは、持っていくか?」

 

 そう言って指を差したのは、私の可愛いミルクティー色の軽自動車。持っていくも何も、私の宝物である。

 

「もちろんです。この子には、私の夢と希望が詰まっています!」

 

 そうなのだ。この子に乗れば、どこにだって行ける。私のパートナー。テレビでこの子を見たときに一目惚れをして、貯金をはたいて買った愛しい子だ。

 

「そうか」


 白樹さんは、それだけ言うと着物の胸元から短い棒を出して振った。すると、それはガチンと音を立てながら伸びて、杖のようなものになる。


「帰るぞ」


 白樹さんは杖のようなもので、私と白樹さん、それから私の愛車の周りをぐるりと囲む円を描いた。


「指一本も円から出るな。無くなる」

「無くなるって、何が──」


 白樹さんが杖の先で地面をトンッと叩く。


 ちりーん、ちりーん……、とまた風鈴の音が聞こえたと思った瞬間、私はどこかのお屋敷にいた。


「ファ……ファンタジー」


 魔法だ。魔法が存在していた。瞬間移動しちゃったよ。

 ……夢ならそろそろ覚めても良い頃合いだと思うんだけど、起きないということはここは死後の世界なのだろうか。


 大正ロマンを思わせる石段の上にあるお屋敷を見上げ、私は心のなかで小さく首を傾げる。

 決して悪いことはしなかったけれど、特別良いことをしたこともない。どこにでもある平凡な人生を送っていた私がこんな好待遇こうたいぐうを受けられるとも考えにくい。


「あの、ここはどこですか?」

「俺と真理花の住む家だ」


 そうなのかもしれない。だけど、聞きたいことはそれじゃない。


「ここは、死後の世界でしょうか」


 じっと白樹さんの目を見る。


「死後? ……説明不足だったな。珈琲コーヒーは飲めるか?」

「あっ、はい」


 どういうこと? コーヒーを飲みながら説明してくれるってこと? なんか、白樹さんって言葉が足りない気がするんだよね。

 うーん。これは、根掘り葉掘り聞けるときに聞いておかないと。


「案内しよう」


 スタスタと歩きだし、後ろも振り向かないと思いきや、白樹さんは私に手を差し伸べている。


「えっ……と」

「手を」


 手を? 手を繋ぐってこと? 初対面なのに?

 うーん。どうしようか。正直、こんなキレイな人と手を繋げるなんておいしい展開だよね。

 だけどなぁ……。指先まで美しい手に自分の手が重なると思うと、なんか違うんだよね。


「どうした?」


 本当に不思議そうに見詰められ、悩んでいることが馬鹿馬鹿しくなる。

 まぁ、いっか。考えても仕方がない。人生はなるようにしかならないのだから。


「何でもありません」


 差し出された手を取る。文字を書くために握られた時も思ったけれど、白樹さんの手は大きい。優しく握られた手は私の手なんかすっぽりと収まってしまう。


 あれ? 手を繋ぐって思ったけど、エスコート?


 うっわ! 恥ずかしっ!! 勘違いしてた。結婚だとか言ってたから、手を繋ぐんだと思っちゃったよ。

 埋めて……。誰か、私を埋めてくれ。たった今、私のメンタルは恥ずか死んだ。心の埋葬をしないと……。


「行こうか」

「はい……」


 心の埋葬が終わらぬまま、白樹さんにエスコートをしてもらい、歩き始めた。

 石造りの階段を一段上ると、エスカレーターのように動いて一番上の段にたどり着く。そして、重厚な扉もまた、何もしていないのに勝手に開かれた。

 ファンタジーな展開に、思わず開かれた扉を凝視してしまう。


「屋敷は主人が分かるからな」

「え?」

「これからは、真理花も女主人だ。屋敷も真理花の良いようにしてくれる」


 何を言っているのか、またしても分からない。言葉足らずにも程がある。

 もう少し分かりやすく話してもらわないと……。



「おかえりなさいませ」


 たくさんの人たちが左右に別れて並び、頭を下げている。おかしい、扉が開かれた瞬間はいなかったはずなのに。


「妻だ」


 うえっ! いきなり? 

 もう、何から突っ込めば良いのか分からない。妻になることを了承していないことを言えばいいのか、あいさつをすれば良いのか……。

 とりあえず、あいさつだよね。どのみち少しの間はお世話になることになるだろうし。


「はじめまして。──」

はなだ」

「はい!?」


 いやいやいや! 白樹さん、私の名前を知ってるよね? はなって誰よ? 何故に遮って別の名前を言うの?


はく……むぐぅっ」


 名前を呼ぼうとしたら、斜め後ろにいた白樹さんの手が伸びてきてそっと口をおおわれる。


「俺のことは、はくと呼んでくれ」

「えっ! あ、はい?」


 いきなり口を塞がれたと思ったら、白樹さんをはくと呼んでくれ? え? あだ名で呼ぶの? このタイミングで? それに、なんか距離近くない!?


 私の頭のなかは疑問符だらけなのに、白樹さんはマイペースだ。


「執事のろうに、メイド長のゆきだ。この子は花の担当メイドのれん

「あ、えっと……。よろしくお願いします?」


 あぁ! 疑問系になっちゃったじゃん。展開が雑な上に急だから、気持ちが追い付かないんだよ!


「よろしくお願いいたします、奥様」

「奥様!?」

「はい。白様の奥方様でいらっしゃいますから」


 いや、了承していないんだけど。どうにかしてよ。そんな気持ちを込めて白樹さんを見れば、にこやかに頷いてくれる。

 よし! 伝わった。


「花はここには慣れていない。よくしてやってくれ」

「もちろんでございます」


 ちょっと、待てーい!! よくしてやってくれって、頼んでくれたのはありがたいけど、そうじゃない! そうじゃないよね!?


「奥様じゃなくて、名前で呼んでくれませんか?」

「かしこまりました。花様」


 にこやかに頭を下げてくれて、ホッと息を吐く。後で白樹さんから、奥様じゃないってちゃんと伝えてもらわないと。そもそも名前も違うんだけども。

 結婚について保留にしている間に、どんどん周知の事実になっては困る。


「まずは花と話をする。そのあとに案内を頼む」


 そう言って白樹さんが足を踏み出せば、ちりんという風鈴の音とともに目の前に扉が現れる。そして、やっぱり誰も触っていないのに扉は開かれた。


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