第1話 異世界へ


 ミルクティー色の軽自動車で、畦道あぜみちを走る。視界に映るものは、田んぼ、山、空のみ。

 

「あー、鬱陶うっとうしいほどの青空だわ」

 

 盆くらい、顔を見せなさい! という母からのしつこいほどの催促で帰ってきたものの、実家につく前から既にうんざりだ。

 別に田舎が嫌なわけじゃない。一番近いコンビニは隣町。コンビニへ行くだけでも、山道を車で走って小一時間。バスは日に三本。過疎化が進み、若者はほとんどいなくなった村。けれど、そこかしこに思い出が転がっている。

 

 大事なことだからもう一度言うが、田舎は嫌ではない。むしろ、好きだ。高校も大学も就職先もないから村を出たが、ゆくゆくは帰ってきたいと思ってはいる。

 問題は、異様なほどに嫁げと向けられる視線と言葉だ。行き遅れなんて、もはや都会では誰も使わない。それなのに、ここでは当たり前のように使われる。

 

 誰々が結婚した、子どもを産んだなんて遠回りに結婚をせっつかれるだけなら、可愛いものだ。

 いつ結婚するのか、相手はいないのか、仕事なんか辞めてしまえ、さっさと嫁に行かないと貰い手がいなくなる、などと言われるのはいつものこと。あげくの果てに未婚の幼馴染みの誰かや、村のおっさんとくっつけられそうになるのだから勘弁して欲しい。

 

 東京で大学に通い、そのまま就職して五年。大学を卒業したあたりから親戚どころか村中の人が鬱陶しくなった。顔を会わせれば同じ話題なのだから、避けるのも仕方がないと思って欲しい。


 これから聞くことになるであろう、余計なお世話である言葉たちを想像し、苛立いらだちを隠すことなくアクセルを踏んだ。

 

「帰りたくなーーいっ!!」

 

 叫びながらも、ある程度スピードが出たところでアクセルを踏む足の力を抜く。それで、ゆるやかに減速していくはずだった。

 だが、まるでアクセルを踏み込んだかように車は加速を続けていく。

 

「えっ!? ちょっ……待っ…………」

 

 慌ててブレーキを踏んだが、止まらない。ハンドルを回しても、何をしてみても車の操作ができない。

 

「えっ、うそ!? なんで? 故障!? やだやだやだややだ、止まんないんだけど」

 

 どうすれば良いのか分からず、パニックになった私はドアを開けようとした。けれど、ドアロックが外れない。窓も開かず、真っ直ぐにスピードを上げていく。

 

「なんでなんでなんでなんで!!??」


 いくら畦道とはいえ、道がひたすらに真っ直ぐなわけではない。けれど車は曲がることもなく、舗装が悪い道なのに揺れることもなく、おかしなほどに真っ直ぐに突き進んでいく。


 どれくらい走ったのだろうか。ほんの数分かもしれないし、驚くほど長い時間かもしれない。

 まるで塗り立てのような違和感を感じるほど真っ赤な鳥居が見えてきた。


「いや! 行きたくない!!」


 村では見たこともないほどの真っ赤な鳥居。その不気味さから体が震え、車内は空調が効いているにも関わらず汗が止まらない。



真理花まりか、絶対にお盆の時期は帰りたくない・・・・・・って言ってはだめよ」

「どうして?」

「帰りたくないなら、こっちにおいで。って、神様に連れていかれちゃうからよ。だから、絶対に帰りたくないって言わないで。約束よ」

「わかった!」


 幼い頃の母との会話が頭を過る。


「私、帰りたくないって言っちゃった……」



 車は私の意思に反して、真っ赤な鳥居を抜ける。すると、先が見えないほどたくさんの鳥居のトンネルが現れた。


 そして、ちりーん、ちりーん……と風鈴の優しい音色が数回鳴ったと思ったら、数百、数千もあるのではないかと錯覚するほどの多くの風鈴が鳴り始めた。一つや二つなら美しい音色も、多すぎれば音の暴力だ。

 怖くて、うるさくて。両手で耳を塞ぎ、目を閉じてしまいたい。けれど、恐怖で体が動かない。私はハンドルにしがみついたまま、何もできずに大好きなミルクティー色の軽自動車と共に連れられていく。


 数え切れない鳥居を抜け、けたたましい風鈴の音を浴びせられながら、私の意思など関係なしに進んでいくと、遂に終わりが見えてきた。

 今度は何が起こるのか。身をさらに固くして備えれば、ピタリと車は止まった。


「……助かった?」


 一体、どこに来てしまったのか。風鈴の音も止み、昼間なのに真っ暗闇で何も見えない。

 ダメ元でカチリと車のライトをつければ、目の前が照らされた。


「よかった。ついて……」


 そう安堵したのも一瞬で、目に映る光景に息をのんだ。カラカラと赤い風車かざぐるまが無数回っている。ライトで照らされて見える場所全てが風車で埋め尽くされていた。

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