第29話:孵らぬ卵の事情

アイオが子供たちを連れて脱出した後、僕は残されている翼人や卵がいないか確認して回った。

村に残留思念が無かった人々のうち、孵化した卵の父親5人は、それぞれの子供たちに寄り添っていた。

アイオは彼らを一時憑依させ、【歌の継承】を代行して子供たちに言葉と歌を与えた。

母親たちは存命で、救出した女性たちの中にいる。

子供たちは脱出後、首都近くの草原で母親たちと再会した。

今後は母子2人で、首都の親戚や友人宅に身を寄せて生活する予定らしい。


施設管理コンピューターの情報によれば、村から連れ去られた女性のうち、半数近くはルチアのように攫われてすぐ自害している。

血を抜き取られ、保存液に浸けられていた彼女たちを埋葬するため、アルビレオのコールドスリープ室へ転送した。

村での戦闘が片付いたら弔おう。


盗まれた卵7つのうち1つは、孵化時期を過ぎているのに孵化しておらず、標本として保管されていた。

孵らない理由は分からない。

アルビレオに検査してもらえば分かるかな?

孵らずに中で胎児が死亡しているなら、村の中に埋葬してあげよう。


 宇宙船アルビレオ号

 艦長トオヤ・ユージアライトの日記より




「攻めてきた連中は全て撃墜したよ」


ティオが銃の手入れをしながら告げる。

トオヤが村へ戻って来た時には、既に戦闘は終了していた。

アルビレオ乗組員の狙撃手スナイパーたちは優秀で、短銃ハンドガンの攻撃のみで敵兵を全滅させていた。

今回のように軽装時の戦闘も想定されていて、トオヤたちが常備する短銃は小型戦闘機くらいは撃ち落とせる性能を持っている。


「お疲れ様。コールドスリープ室に遺体を運んだから、明日は朝から埋葬作業だよ」

「お、おう……」


トオヤが言うと、男性陣は一気に疲れたような顔になった。

生き残りが女性と子供だけになった村は、吸血族にまた襲われる危険があるため、今は住民不在の廃墟と化している。

遺体の埋葬は、アルビレオ乗組員男性たちの手で全て済ませる事になっていた。



翌朝、トオヤたちはコールドスリープ装置で腐敗の進行を止めていた亡骸を抱えて運び出し、先に掘っておいた穴の中に1人ずつ寝かせてゆく。

丁寧に土を被せて、墓標代わりに森から採集してきた苗木を植えて、摘んできた花を供えたところで女性たちの弔いは終わった。


「救出した女性の中に元軍人の方がいました。彼女から軍に報告して吸血族の討伐が始まるそうです」

「その方がいいだろうね。数を減らしておかないと、翼人たちが狩り尽くされてしまうから」


アイオとトオヤはそんな会話を交わしつつ、コールドスリープ室に安置している卵の様子を見に行った。

卵の傍らには、アイオが首都から連れてきた母親が寄り添っている。


「検査の結果、この卵の中の胎児はまだ生きている事が分かりました」

「良かった……」


卵を優しく撫でている女性に、アイオが朗報を告げる。

女性はホッとしたように呟き、愛おしそうに卵に頬を寄せた。


「この子の父親は孵化を待ちきれず、卵の中の胎児に【歌の継承】をしていました。だからこの子は生まれながらに言葉を話し、歌えると思います」


母親の女性はそう言いながら卵を撫でている。


「出てきて、私の可愛い子。悪者はもういなくなったわ」

『本当? もう怖い人はいない?』


彼女が話しかけていると、不意に【声】がした。

それが誰かは、彼女にはすぐに分かった。


「ええ、もういないわ。ここにいるのは、あなたを愛する者と守ってくれる者だけよ。だから出て来て、お母さんにその可愛い姿を見せてちょうだい」

『うん、分った』


母親の優しい声に応じて、卵の殻にヒビが入る。

ヒビはゆっくりと卵の表面に広がり、卵は二つに割れた。

中から出てきたのは、羊水に濡れた白い翼の女の子。


「おかあさん、わたし、ずっとまってたの」

「なんて賢い子。悪い奴に刷り込みされないように、孵化を遅らせていたのね」


両手を差し出して微笑む女の子を、おかあさんと呼ばれた女性が柔らかい素材のバスタオルで包んで抱き締める。

本来ならすぐ産湯に入れるところだが、コールドスリープ室にそんなものは無かった。


「羊水を洗い流してあげた方がいいですね。お風呂に転送しますよ」

「ありがとうございます」


アイオが母娘を艦内の女湯に転送したので、女の子はそこで産湯を済ませた。

さっぱりしたところで母親が持ってきた新しい服を着せてもらい、女の子は嬉しそうに微笑む。

その後アイオに首都近くへ転送してもらった母娘は、新しい生活に向かって歩いていった。

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