第25話:残留思念

僕はカエルムとルチアの子に【チアルム】と呼び名を付けた。

真名は他人に聞かれてはいけないので呼べない。

呼び名が普段使われる名で、親代わりとなる僕が付けるのが良いらしい。


カエルムの思念が脳にアクセスした事で、僕は彼の思いを知った。

生まれたばかりの我が子を残して消えたくない、傍に居て見守りたいという思い。

その思いは、ルチアの残留思念も同じ筈。

アルビレオ号には故人の思念を保存する機能がある。

僕はそれをルチアの残留思念に話して、アルビレオの中に残ってもらった。

ルチアはアイオの身体を借りて、初めて我が子を抱き締める事が出来た。

カエルムの思念は僕の深層意識に残らせたので、求められれば入れ替わる。

気がかりなのは、自害したというルチアの遺体。

出来ればカエルムの遺体と一緒に埋葬してあげたい。


 宇宙船アルビレオ号

 艦長トオヤ・ユージアライトの日記より




「カエルムの遺体は、しばらくコールドスリープ装置で保管しておくよ」


翼人の埋葬を続ける移民団にそう告げて、トオヤはカエルムの亡骸を抱き上げると艦内へ運ぶ。

空を飛ぶように進化した翼人の身体は、見た目よりもずっと軽く、横抱きで楽に運ぶ事が出来た。

垂れ下がってしまう大きな白い翼の先を、息子チアルムが両手で持って付き添う。


「悪い奴からお母さんの身体を取り返してくるから、このふねの中で待っててくれる?」

「うん」


カエルムの遺体を寝かせて、コールドスリープ装置を起動させながらトオヤは聞いた。

チアルムは頷いて、装置の中を覗き込む。

そこへ、アイオが瞬間移動テレポートで入ってきた。


「オヤツの時間ですよ」

「はーい!」


カールと同じく、チアルムもアイオに餌付けされている。

チアルムは嬉しそうな笑顔を浮かべて、母親代わりのアイオに抱きついた。

見た目は母親というより兄か姉のような歳に見えるアイオは、優しく微笑んでチアルムを抱き締める。


「トオヤにはこれを。もしもに備えて携帯して下さい」

「ありがとう。留守は任せるよ」


アイオが差し出す袋の中には、経口補水液のパックと錠剤タイプの栄養剤が入っている。

もしも生存者を見つけたら飲ませられるように、翼人に合わせて作ってある。

それを受け取ると、トオヤは瞬間移動テレポートで艦内から移動した。


ルチアの思念がアルビレオ号に入ったので、情報を共有するトオヤは彼女が連れ去られた場所を特定出来る。

吸血族のコメスという男は美しいものを集める趣味があり、翼人の中でも美しい女性は彼の屋敷に運ばれるという。

村いちばんの美女と言われたルチアも、その1人だった。



「……なんと愚かな事を……」


身だしなみがしっかり整った黒髪の男コメスが、血だまりの中に倒れて動かない女性を見て嘆く。

そこへ、女性型の機人が入って来た。


「血液を回収致します」

「うむ。1滴も無駄にしてはならない」


機人の女性が慣れた手つきで壁の仕掛けを操作すると、天井から管が降りてくる。

コメスの指示により、その管の先が床に広がる大量の血液に近付けられ、吸引機能が起動した。

床の血だまりが全て吸い取られ、倒れた女性が着ている服からも血液が完全に取り除かれる。

続けて女性の胸に刺さっているナイフが抜き取られ、そこに付いた血も管の中に吸い込まれる。

管の先がナイフの抜けた傷口に押し当てられると、体内に残っていた血液も全て吸い取られていった。


「遺体はいつものように保存しますか?」

「そうしてくれ。こんなに美しいのに死んだりするとは、勿体ない……」


溜息をついたコメスはその直後、グラリと傾いで倒れる機人を見てギョッとした。


「その人は返してもらうよ」

「……!」


声に驚いて振り向いた直後、コメスの眉間から血が噴き出す。

いつの間にか、室内に知らない青年がいた。

栗色の短髪、緑の双眸、翼人と同じく整った容姿だが、その背中には白い翼も黒い翼も無い。

青年は構えていた短銃ハンドガンを腰のホルダーに収める。

しかし、コメスがそれを見る事はなかった。

開かれたままの黒い瞳が虚ろになり、撃たれた男の意識は暗転した。


トオヤはルチアの遺体に歩み寄ると、そっと抱き上げた。

既に息絶えている身体に力が入る事は無く、ルチアは目を閉じたまま喉を反らしてしまう。

蒼白な顔ではあるものの、綺麗な女性だった。


(……ルチア……助けられなくてすまない……)


自然に頬を伝った涙は、深層意識に在るカエルムが流したもの。

トオヤはルチアの亡骸を抱いて、アルビレオ号に帰還した。

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