第18話〈お揃いの誕生日プレゼント〉

 徴兵検査は、10月25日から11月5日にかけて本籍地で行われた。

 本籍地なので僕は埼玉で、ヒロは高知で……

 ヒロは「久し振りに明希子おばさんと従兄弟のただしにも会えるし楽しみじゃ~下の息子の名前は何だったかのう」と嬉しそうにしていたが……

 僕は妹が死んでから厳しく育てられたこともあり、久し振りの帰省と望まない徴兵検査で気が重かった。


 そう言えばヒロの生みの親についての話を聞いたことがないが……自分から話してくれるのを待つことにした。


「なあ源次、一緒に海軍入ろうな! 飛行機乗りになってお前と空、飛びたいわ」


「う……ん、僕も海軍を希望するよ……つらい訓練もヒロと一緒だったら頑張れる気がするし」


 僕がそう答えたのは、陸軍では酷いイジメがあるという噂を聞いたからで……海軍の方がまだマシという消極的な理由からだった。


 徴兵検査では身体検査と勉強のテストがあり、身体検査は身長、体重、視力、聴力……胸囲や足型、上肢・下肢の関節運動検査なども行われた。

 鼻腔口腔咽喉の確認や陰部肛門検査、肺のレントゲンを撮って感染症がないかも確認される。

 検査の結果は、甲・乙・丙・丁と4段階に分けられて、丙種合格者までを12月から入隊させることになっていたが……甲を貰うのは大変名誉なことだった。


 地域の小学校などに集められた対象者はフンドシ一丁で様々な検査を受けることになっていて恥ずかしかったが……何より丸裸にならなければいけない検査が本当に嫌だった。


 最後の方で「時に希望はあるか」と徴兵官に聞かれたので、ヒロの言葉を思い出し「海軍に行きたいです」と答えた。


「海軍で何をするんだ、船に乗るのか?」


「飛行機に乗りたい……です」


「ふん、ようし分かった」


 結果はすぐに出て、恐れ多いことに甲種合格で海軍の所属になった。


 海軍の新兵教育を行う海兵団は、横須賀、呉、佐世保、舞鶴などに置かれていて……

 ヒロは本籍地が高知で居住地が東京なので多少考慮されたのか、一緒に横須賀海兵団に入団することになった。

 それは、僕の部屋でヒロと結果報告会をして知ったことで……


「まさかヒロも同じ横須賀とは心強いよ! 久し振りの生家どうだった?」


「久し振りに正や明希子おばさん達に会えて、めっちゃ楽しかったんやけどな~桜、切られとったわ……」


「えっ?」


「坂本龍馬はな……吉野に花見に行く~言うて家を出て坂本家の守神・和霊神社に寄った後に出藩しちょるから、神田の吉野川の桜を見る度に同じ桜かもしれんとワクワクしとったんやけどな~なくなってしもた……」


「桜は燃料にも使われるようになったしね……特に川沿いの桜は、ほとんど伐採されて今残っている桜は本当に貴重だよ」


「桜は日本の心やのに、なんだか虚しくなってしもたわ……せやけど仕方ないもんな」


「桜だけじゃなく立教の礼拝堂も何も無くなっちゃったしね……」


 立教大学はキリスト教系の大学だが戦争によりその関係が断ち切られ、大学内にある教会……礼拝堂は1942年10月から閉鎖されていた。

 金属類回収令によって大学の門扉も鉄製から木製へと変わり、礼拝堂内の内陣と外陣とを分けるスクリーンや説教壇、長椅子などは防空壕を作る際の資材として没収された。


 僕はクリスチャンではないが、ほぼ何も無くなった教会を見た時は心にぽっかり穴が空いたというか、なんだか寂しかった。

 食堂と2・3号館に囲まれた芝生には空襲に備えるための防空壕が数箇所掘られていて、2・4号館は軍による接収をうけて陸軍造兵廠の病院や築城本部になっていたので余計に……


「源次の方は、どないやねん?」


「うちは相変わらず母さんと上手くいってなくて……甲種合格を知らせた時は、ご近所さんの前でやけに喜んでたけど、家に入ると余り話してくれないんだよね」


「そりゃ大事な息子が戦争に行くことになって落ち込んどるんやないか?」

 

「まさか〜あと母さんからおかしな誕生日祝いを貰ってさ……千人針と一緒に鏡を渡されたんだ」


 千人針は出征する者の武運を祈って近所の人などに一人一針ずつ赤い糸で縫って貰った布で……

 玉留めは「弾を止める」、返し縫いは「無事に帰る」の意味がそれぞれ込められていて、赤い糸は神社の鳥居の色に由来するという。


「なんやそれ~女の子に渡すなら分かるけどな」


「母さんは純奈の事が大好きだったから、男の僕の事は嫌いなのかも、だから……」


「普段はどんな母ちゃんなんや?」


「厳しい人かな……純奈が死んだのは自分が甘やかして育てたせいだって言ってた。着物を仕立てた帰りに立ち寄った本屋から一度は一緒に出たのに、『嫌だ、まだ本屋にいたい』と一人だけお店に戻ってしまった時に地震があって店が潰れたから……」


「そうやったんか……」


「それからは僕に厳しくなって怒ってばかりだった……僕は純奈と違って歌も下手だし器用じゃないから嫌われるのも仕方ないけど」


「同じ事を繰り返したくないっちゅう親心やと思うで? ほんで顔は源次に似とるんか?」


「えーと、これ出征前に一緒に撮った写真なんだけど……」


 写真を差し出すと、ヒロに盛大に笑われた。


「源次お前、母ちゃんそっくりやな~こりゃー鏡を見る度に母を思い出してくれっちゅうことやないか?」


「そんなことないよ! 見送る時も『バンザイ』って言ってたし、僕がいなくなるのを喜んでるんじゃないかな」


「子供が死んで喜ぶ親はおらんやろ」


「ほんと兵役法で大学生は最初の頃27歳まで徴集を猶予されていたのに、どんどん引き下げられて……まさか学徒出陣が僕達からとは運が悪いよね」


「なあ源次……こんなこと言うたら非国民扱いやけど……俺は国のために戦うんやない! 家族を守りたいから戦うんだ!」


 徴兵検査が落ち着いた頃……

 播磨屋の2階に呼ばれた僕とヒロは、純子ちゃんに驚くことを言われた。


「渡したいものがあるんだけど、目を閉じて手を出してくれない?」


 ヒロと共に純子ちゃんの指示に従うと、手の上に柔らかい布のようなものが乗った感覚がして……思わず握り締め感触を確かめた。


「はい、目を開けて~二人とも誕生日おめでとう! これお揃いのお守りだから必ず持っててね」


 そっと手を開いてみると……

 柔らかい感触の正体は、白くて可愛らしいウサギの人形だった。


「前に一緒に行った神田明神の守り神がウサギだから、浴衣の生地で作ったの」


「あのスミレの浴衣、切っちゃったの?」


「もう着ないだろうし、光ちゃんと源次さんで二人お揃いのウサギにしたかったから……」


 僕は思いがけない心の籠もった誕生日プレゼントを貰い本当に嬉しかったが……

 似合っていた浴衣を着ることを女の子に諦めさせるという今の日本の情勢に憤りを感じた。


「ありがとう!」「おおきにな!」


「必ず肌身離さず持っていてね! あとね、お願いがあるの……三人で一緒に写真を撮りましょう!」


 僕達は出征前に写真館で写真を撮った。

 1枚は宮本家の四人水入らずで、もう1枚は純子ちゃんを真ん中にして僕が左でヒロが右側に立って……

 浩くんが一緒に写ると駄々をこねたり僕が遠慮したりと撮るまでが大変だったが、純子ちゃんに強引に並ばされて緊張しながらの撮影だった。


 純子ちゃんが作ってくれたウサギのお守りと三人で写った白黒写真は僕の宝物になり、出征先に持参する荷物の中に大切にしまった。

 これがあれば、どんなつらい状況でも乗り越えていける気がした。

 絶対、大丈夫な気がしたんだ……

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